あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|梨木香歩さん『ヤービと氷獣』

寒い冬の日は、お家で読書を楽しむのはいかがでしょうか。2月の新刊『ヤービと氷獣』は、「ヤービ」シリーズ待望の第三弾、冬が舞台のお話です。2作目から6年ぶりとなる新作について、著者の梨木香歩さんにエッセイをつづっていただきました。

小さな人のこと

梨木 香歩



『ヤービと氷獣』はヤービシリーズ三作目にあたり、舞台は一作目、二作目と同じマッドガイド・ウォーターの、今回は冬の世界です。

物語は、主人公ヤービとヤービのいとこ、セジロが、二人の友だちのトリカの旅立ちを見送るところから始まります。トリカの家族たちは、冬になると南の国へ避寒の旅に出る習わしなのです。そしてヤービたちも冬眠に入るのですが、ふとしたことから、ヤービは木のウロにいるナミハナアブの幼虫、ヨンが凍えていないか不安になります。心配のあまり、部屋を抜け出して、真冬の外へ向かいます。伝説の魔物、太古からの種族、氷獣に見つかるのではないかと恐れながら……。

物心のつく頃から、私は「小さい人」たちのことを考え続けてきました。おやゆび姫のお話を知った後は、チューリップのつぼみができるのを楽しみに、いよいよ咲くというときは、なかに小さいお姫様がいるのではないかと前の晩からワクワクしていたのを覚えています。目に見える形では、もちろん私の夢は叶えられず、大きくがっかりしたものでしたが、私はそういう「存在」を、あまりに自分に引き寄せていましたので、今は何かの理由で見えないだけで、どこかの世界には、ちゃんといるに違いない、と思うようになりました。でなければ、あまりにもあまりにもつまらないじゃないか、と。

小さな人たちは、自然そのものの精でもあります。声を張り上げていうつもりはありませんが、私は幼いながら、この現実世界を生き抜くためには(少なくとも自分には)小さな人たちが不可欠なのだという、生涯にわたる信念にたどり着いていたというわけです。

いつかそういう小さな人たちの物語が書きたい、というのは長年の夢でした。なので、ヤービの物語が誕生したときの感慨は今でも覚えています。しみじみと静かに満ち足りた、思わず目を閉じて何かに感謝せずにはいられない、そういう喜びでした。
 
今回のヤービでも今までの回と同じように、ヤービたち小さい人たち、ウタドリさん(ヤービの友人で近くのフリースクールの寄宿舎の舎監)をはじめとする大きい人たち、二つの世界での出来事が並行して語られるのですが、その二つの世界に共通している「脅威」は、知らない間にどんどん大きくなる黒いもの、です。人の心の疑心暗鬼とか、妬ましく思う心とか、不安に思う心、猜疑心、一つずつは小さな始まりでも、それがたくさんの人に伝染して、制御不能になるまで暴走してしまうと、取り返しのつかない悲劇を引き起こします。ヤービたちは、そしてウタドリさんたちは、どのようにそれに向き合うのか。そして、氷獣とは何だったのか。地球の原初からこの惑星の変遷を見守ってきた存在は、どんな思いでいるのか。
 
今回もまた、小沢さかえさんの愛情溢れる挿絵に彩られました。どうぞ楽しみになさってください。私たち、送り手の側も、皆さんのお手元にヤービたちが訪れる日を、心から待ち望んでいます。



なしき かほ●1959年生まれ。作家。著書に『西の魔女が死んだ』『裏庭』『家守綺譚』『沼地のある森を抜けて』『冬虫夏草』『丹生都比売』『春になったら苺を摘みに』『渡りの足跡』『鳥と雲と薬草袋』(以上、新潮社)、『村田エフェンディ滞土録』『雪と珊瑚と』(以上、角川書店)、『海うそ』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』(以上、岩波書店)、『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』(以上、朝日新聞出版)、『水辺にて』(筑摩書房)『草木鳥鳥文様』(福音館書店)など。小沢さかえとの作品に、絵本『よんひゃくまんさいのびわこさん』(理論社)などがある。

2025.02.05

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