今月の新刊エッセイ|三浦康子さん『おせち』
昨年12月、「こどものとも年中向き」2024年1月号として刊行された『おせち』には、「こんな絵本を待っていた!」と多くの感想が寄せられました。月刊絵本のため早々に品切れてしまいましたが、このたび待望のハードカバーでの刊行となりました。
重箱のなかにうつくしく詰められたおせちには、ひとつひとつ、古の人々の願いが込められています。本作で監修をつとめた和文化研究家の三浦康子さんに、おせちのいわれと刊行への思いをつづっていただきました。
今、そして 未来のために 伝えたい
三浦康子
本物は子ども達にもちゃんと伝わる! 月刊絵本の『おせち』が瞬く間に大きな反響を呼び、異例の重版を経て、今回ハードカバーで刊行される運びとなりました。作り手として、こんなに嬉しいことはありません。
料理研究家の満留邦子さんが心を込めて作った料理を、内田有美さんが精密な絵とリズミカルな文で見事に表現し、私が監修を担当。大人達が精魂込めて作った絵本はじつにシンプルで美しく、日本の行事文化・食文化の奥深さに触れられる一冊になりました。
おせちにこだわるのには、理由があります。
おせちは日本の行事食の大黒柱です。もともとおせちは「御節供」「節供料理」といい、節日(季節の変わり目など、祝いを行う日)に行う節供の料理全般のことをいいましたが、一番重要なお正月の料理を指すようになり、「おせち」と略されて親しまれるようになりました。
お正月は「年神様」という新年の神様を迎える行事です。年神様はご先祖様であり、田の神、山の神でもあると考えられているので、家々にやってきて幸せをもたらすとされています。
おせちは年神様と一緒にいただく料理なので、五穀豊穣、子孫繁栄、無病息災、立身出世、長寿などの願いを込めて、こうした意味をもつ山海の幸を豊富に盛り込み、「祝い箸」を使って食べます。祝い箸は両方とも削られているので、一方を年神様用と考え、年神様と人が共に食事をすることを表しています。おせちを重箱に詰めるのは、幸せが重なるようにという意味です。
日本には 見えない思いをモノやコトで表す文化 があります。なかでも、行事は 家族の幸せを願う気持ちを形にしたもの です。子どもがいると、お正月、節分、節句、お月見など四季折々の行事に、自然と関心を寄せるようになる方も多いと思います。それは、子どものために幸せを願う行事をやってあげたいという思いからではないでしょうか。
よく、お正月や節句の思い出を聞いていると、この人は愛されて育ったんだなと感じます。もちろん、あまりいい思い出がない方もいらっしゃいますが、そういう方も、自分の子にはやってあげたいと仰います。
私は和文化研究家として長年活動する中で、日本の行事は愛情表現であり、子育てを豊かにするものだと確信しました。そこで、文化と愛情を伝える日本の行事が子育てに大変役立つことが伝わるよう、「行事育」と名付けて提唱しています。同じ時間を過ごすなら、「行事育」を活かさないなんてモッタイナイ。
また、行事は繰り返される文化なので、毎年その時期がくるたびに、思い出が蘇ってくるという特徴があります。私はこれを、「思い出ボタン」と呼んでいます。行事が脈々と伝承されてきたのは、文化を継承していこうという高尚な意思よりも、「思い出ボタン」の効果で、「やっぱりいいもんだから、やりたいな」と感じるからではないでしょうか。愛情を感じる思い出はかけがえのない宝物になり、家族の絆を強めることにもつながります。
最近はおせちの内容がバラエティーに富んでいますが、幸せを願う気持ちが込められた伝統的なおせち文化を大切にしてほしいと思います。「思い出ボタン」が押されるたびに笑顔になれる、そんな経験をして欲しいからです。
絵本『おせち』は楽しく読めるだけでなく、今、そして未来のための一冊になるはずです。一人でも多くの方に届きますように。
三浦康子(みうらやすこ)
和文化研究家。古き良き日本の文化をテレビ、ラジオ、新聞、雑誌、Web、講演などでレクチャーしており、「行事育」提唱者としても注目されている。All About「暮らしの歳時記」、私の根っこプロジェクト「暮らし歳時記」などを立ち上げ、大学で教鞭をとるなど活動は多岐にわたる。著書『子どもに伝えたい 春夏秋冬 和の行事を楽しむ絵本』(永岡書店)、『天然生活手帖2025』(扶桑社)、監修書『季節を愉しむ366日』(朝日新聞出版)などがある。
2024.11.27