あのねエッセイ

特別エッセイ「ふと、気づけば55年間ルルちゃんです」(黒田かおるさん)

赤ちゃん絵本のロングセラー『ねないこだれだ』は2024年11月10日に55周年を迎えました。それを記念して、作者・せなけいこさんの長女で、『もじゃもじゃ』『いやだいやだ』『ルルちゃんのくつした』などに登場する女の子 "ルルちゃん" のモデルである黒田かおるさんに、作品とせなさんへの思いを寄せて頂きました。

ふと、気づけば55年間ルルちゃんです


驚きです。今年で『ねないこだれだ』55周年だなんて!
と言うことは、私ルルちゃんもムニャムニャ才! 時の流れは早いです。

若いころからの仲間内でまだ芽が出ていなかった母は、絵本が出せずにカットを描いていました。それを受け取りに来るどこの出版社も母が兄のための手慰みの手作り絵本をその辺に転がしておいても、見向きもせず、猫またぎです。
ところが、福音館の故・松居直さんと今はフリーの編集者の本多慶子さんが、この手作り絵本に目を留めました。母にチャンスが巡って来たのです。その頃にしては遅咲きです。本のサイズは「うさこちゃん」と同じにして、「お母さんが作った手作り絵本」というキャッチフレーズと共に母は飛び出しました。
当時のお母さん達が興味を持ったのも分かります。さて、その本は『ねないこだれだ』という本のタイトルで4冊セットで売りました。しかし、この絵本は物議を醸しました。ものすごく好きになってくれる人と嫌いだという人、見事両極端に分かれます。内容が衝撃的です。そして終わり方。行って戻ってくるという絵本の常識を破る「行きっぱなし」。
でも母は、ここで唯行きっぱなしではなくて、読者にこの後どうなったかを委ねました。そうして考えてくれた結果が両極端に分かれる、でした。

私は丁度母がこの絵本を作り始めた時に、2才足らずの元気の良い女の子でした。こんな面白い材料を母が放っておくはずがありません。そこには面白がって観察している目と、冷静に観察している目の2つの目がありました。
こうして「ルルちゃん」というキャラクターが出来る訳ですが、当のルルちゃんは非常に迷惑しました。決して良い子に描かれません。その頃の私という子供の我ままさや、言う事を聞かないところを、ここぞとばかりに描かれてしまいました。でも絵本は売れました。そのお陰で他の出版社からも注文が入るようになり、母は見る見る間に売れっ子絵本作家になりました。

私達家族は、母の稼ぎで食べていました。これは私が年頃になると非常に複雑な思いを抱かせました。もちろん私はこの絵本が好きではありませんでした。だって悪く描いてあるんです。でもこの絵本のお陰で私は食べたり、学校に行くことが出来るのです。その上、母には沢山のファンがいました。なのでここで私の思いの丈をぶつけるわけには行きません。また、その思いを率直に受け入れるような母でもありませんでした。強い強い母でした。私は暗くて長いトンネルに入ってしまいました。

ところが人生は面白いもので、ここ最近私は、クルっと考え方を引っくり返してみました。反転させると「ルルちゃん」というキャラクターは大変愉快で、またファンが多いので、私に会って喜んでくれる人も沢山いました。なので、この頃「ルルちゃん」としての仕事が沢山入って来るようになりましたが、私は長いこと考えていましたので、何も困ることがありませんでした。書いても喋っても面白いと言われるようになりました。
なんと「ねないこだれだ」のルルちゃんは母が作り出した最強のキャラクターだったのです。だから威張って言います。

「せなけいこさん、そこだけは感謝します。」


黒田かおる(くろだかおる)
絵本作家。和光大学人文学部人間関係学科卒業。リズミカルでユニークな世界観が多くの読者を魅了している。父親は落語家の六代目柳亭燕路 (1991年没)。母親は絵本作家のせなけいこ (瀬名恵子) (2024年没)。作品に、「ゆうれいシリーズ」(ひかりのくに)、「はやおきおばけシリーズ」(フレーベル館)、母親とのエピソードから生まれた『おとうふ2ちょう』(絵・たけがみたえ / ポプラ社) がある。



※ふくふく本棚編集部より
このエッセイを黒田かおるさんに寄せて頂いた後、2024年10月23日にせなけいこさんがお亡くなりになりました。黒田さんからは、せなさんの訃報に際して、これまでご愛読いただいた沢山の読者の皆さまへのごあいさつ文もお預かりしましたので、最後にそちらもご紹介させて頂きます。


~皆さまへのご挨拶~
10月23日、母せなけいこが旅立ちました。
92歳でした。強くて激しい人でした。だから、こんなにアッサリ「さよなら。」を言われるとは思いませんでした。20日が34年前に亡くなった父の誕生日だったので、待ちきれないセッカチな父に呼ばれたのかも知れません。または、大好きなおばけに本当に会いに行ったのかも知れません。
皆さまのお陰で母は、ここまで大きな名前になりました。感謝と共に、これからも母の作品を愛していただくと、きっと母は空からニッコリ笑うでしょう。どうもありがとうございました。

黒田かおる

2024.11.10

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