平安時代、京の都には鬼がいた。伝奇ファンタジー『鬼の橋』
『鬼の橋』
世の中には、実に多くの橋があり、古来、さまざまな祈りや願いをこめて架けられてきました。
木の橋、石の橋、土の橋、かずらの橋……。ふたつの異なる世界を結ぶ橋は、新しい世界への入り口、通り道でもあり、時に神々しい不思議な世界でもあります。
この『鬼の橋』で描かれているのは、今から1200年前の平安時代、京都五条大路の東、鴨川にかかる五条橋(現在の松原橋)。当時の鴨川は、屍が流れ異臭が漂う辺境で、そこには今あるコンクリート橋とは似ても似つかぬ、古めかしい木の橋がかかっていたのでした。
主人公は、篁(たかむら)という若い貴族の少年。ある日、行くことを禁じられていた橋の向こうに、愛する妹の比右子(ひうこ)を遊びに連れていきます。
橋の向こうは、京の外。草が生い茂り、鬼や魔物が出るともいわれる闇の世界。そこの廃寺で「かくれ鬼」をしているうちに、かわいい妹は忽然と消えてしまいます。
妹は、古井戸に落ちてあの世へと旅立っていったのでした。
己を苛み、繰り返し自分を責める篁(たかむら)は、もう一度、橋の向こうの廃寺に向かいます。しかし、篁の魂はあっというまに古井戸の底に吸い込まれ、気がつくと石ころだらけの河原に立っているのでした。
目の前に流れるのは、あの、三途の川。そして、昼とも夜ともわからない静寂の中、突如豪華な橋が現れます。京の都でもお目にかかれないような、もうひとつの橋……。
対岸はかすみ、どこまでもどこまでも続いていく橋。死者のみが通ることができる橋。
そこに潜んでいたのが、世にも恐ろしい2匹の人食いの鬼、馬鬼と牛鬼、そして、冥界をさまよう武将坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)なのでした。
この世とあの世、鬼と人間、少年と大人。ふたつの世界を隔てる様々な橋が、大人になる手前で葛藤する篁の前に浮かびあがります。
平行して描かれる、五条橋の下に住むひとりぼっちの少女、阿古那(あこな)。そして、坂上田村麻呂に片方のツノを折られ、この世に迷い込んだ大鬼、非天丸(ひてんまる)。それぞれに何かを失った痛みを抱えて生きる人々との出会いのなかで、少年篁は再び生きる力をとりもどしていきます。
実は篁は、平安時代に実在した文人、小野篁(おののたかむら)のこと。本当にこの世と地獄を往き来したと伝えられた篁の少年時代が、1200年たった今、力強くも、さわやかに描かれます。「元服」という人生における大きな節目を苦しみながらもこえてゆく篁の姿は、現代に生きる子どもたちにも通じ、多くの読者の共感をよぶでしょう。
第三回児童文学ファンタジー大賞(1997年)を受賞したこの作品は、著者が生まれ育った京都の四季や情景が、作品のなかに巧みに織り込まれ、物語にふくらみと陰影を与えています。
ちなみに、主人公、篁が迷いこむ荒れ寺のモデルは、祇園の南にある六道珍皇寺(ろくどうちんのうじ)。小野篁がまつられ、篁がこの世と地獄を往き来するために使ったといわれる古井戸も残るお寺です。
どうぞ、夏の暑さを忘れてしまう、この伝奇ファンタジーをお楽しみ下さい。
同著者の、平安時代を舞台にしたもうひとつの物語『えんの松原』もおすすめです。
担当S 見てみたい! 京都の六道珍皇寺の古い井戸!
2021.08.04