あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|ほりかわあやこさん『水族館 いきものとひとのいちにち』

新刊『水族館 いきものとひとのいちにち』は、とある水族館の一日をとおして、水族館に隠された様々な「ヒミツ」を紹介した科学絵本。元・すみだ水族館スタッフのほりかわあやこさんが、水族館の表舞台から、普段のぞくことのできない舞台裏までを、マンガ風のタッチで魅力的に描きだした一冊です。あのねエッセイでは、ほりかわさんが、かつて水族館に勤務していた頃の思い出を交えながら、子どもも大人も魅了する水族館の魅力や、絵本のみどころを語ってくださいました。

水族館の舞台裏

ほりかわあやこ


水族館といえば、なにを思い浮かべますか。ゆらゆら漂うクラゲ、サンゴ礁をすいすい泳ぐカラフルな魚たち、よちよち歩くペンギンなど、たくさんのいきものたち…。でも、実は、水族館の魅力はそれだけではないのです。

私は美大でデザインを学んだのちに、新卒で水族館に就職しました。当時クラスメイトからは「デザイン事務所や広告代理店ではなくて、なんでまた水族館に?」と不思議がられましたが、人が体験を通じて感動できる場を作ることに興味があり、お客さんとの距離が近い職場で働きたいと思っていたので、地元に新しくオープンした水族館に縁を感じて飛びこんでいったのでした。

そこで私が出会ったのは、水族館を作り上げているさまざまなチームのスタッフたち。いきものの世話や繁殖の研究などを行う飼育スタッフや、空調の管理から海水作りまでこなす施設管理スタッフ、無線で連絡を取り合いながらすばやくお客さんを案内する運営スタッフ、いきものをテーマにしたメニューを試作するカフェスタッフなどなど。それぞれ役割は違うけれど、「お客さんに水族館を楽しんでほしい」という同じ想いを持って働いていました。バラバラに見えるそれぞれの仕事がすべてつながり合うことで、居心地のよい水族館が作り上げられているのでした。

絵本では、さまざまな人たちの関わりを感じてもらえるように工夫しました。スタッフがバックヤードで準備したものが、お客さんが出入りするフロントヤードで役に立っていたり、表側からは見えないヒミツの仕組みをのぞけるようにしたり。ぜひ探してみてください。

かつて水族館は海のそばにあり、観光や学習目的で行く場所でしたが、最近はこの絵本に出てくるような都市型の水族館が増えています。魚を見ながらカフェでお茶するカップルがいたり、工作を楽しむ親子がいたり、宿題をする高校生がいたり。公園のような居場所として思い思いに過ごすことができるのです。ちょっと疲れたときに行くのもおすすめですよ。

水族館の一番の魅力は、感動をその場で共有できる、すばらしい「ライブ」空間であるということ。子どもからおとなまで、だれもが楽しめる場所であり、知らない人同士でも、いきものを目の前にして、同時に笑顔になる瞬間がたくさんあるのです。

そして、さまざまないきものたちが、それぞれ異なる命の時間を同じ場所で生きている水族館は、地球上のいきものの多様性を感じられる空間です。同じ毎日を繰り返しているようにも見えますが、いきものは少しずつ成長するし、お客さんとして来る人は毎日変わります(もちろん常連さんもいます)。絵本の中でも、本当の水族館を訪ねるときも、いきものとスタッフの「今」の様子に注目してお楽しみください。

さいごに、水族館でいっしょに働いていたスタッフたちは、いきものに負けないくらい個性豊かでした。家でもたくさんの水槽でいきものを飼い、とうとう家が傾いてしまった人。宿直のスタッフに毎晩差し入れをする人。良い声でお客さまのご案内をすると思ったら、実は歌手として活動している人。まるで大水槽の中のいきものたちみたいに個性がはっきりしたスタッフが、お互いの違いを認め合いながらいきいきと働いています。そんな舞台裏も想像しながら、じっくりごらんいただけたらうれしいです。



ほりかわあやこ
東京の下町生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科デザイン専攻を修了後、すみだ水族館に勤務。子どものためのワークショップの企画運営や、展示デザインの仕事に携わる。現在は商業施設の企画・設計・運営を行う企業に勤務し、水族館やミュージアムに関する企画に携わっている。いきものと人をむすぶ場としての水族館、それを支えるスタッフの存在をテーマに、初めての絵本である本作を執筆。

2021.08.02

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