あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|白井明大さん『歌声は贈りもの』

今回ご紹介するのは、詩人の白井明大さんによる新刊『歌声は贈りもの』。二十四節気に沿った童謡やわらべうたが、それぞれの歌にまつわる白井さんのエッセイとともに収録された作品です。あのねエッセイでは、白井さんが、幼い頃の娘さんとの思い出を交えながら、『歌声は贈りもの』というタイトルに込めた想いを語ってくださいました。

冬木立ちの間で、子にそっと歌いかける

白井明大


立春が近づく頃を春隣りといいますが、葉っぱの枯れ落ちた冬木立ちの、その枝先に目をやると、小さな若芽がちょこんとくっついているのに気づきます。芽吹きのときをじっと待つ姿は、春がそばまで来ていることをちゃんと心得ているかのよう。
そんな一月の冬ざれの夜にも、幼い娘を抱きかかえて寝かしつけの散歩をすることがしばしばありました。かぜをひかせてはいけないからと、小さなからだが全身すっぽりと入る、ふとんのようなおくるみを着せて、寝つきのわるい娘を連れ出していました。
もう眠ってほしいのに、元気に目を開けて、おくるみから出ようともぞもぞするので、ゆりかごのように揺らしたり、即興の子守唄を歌って聞かせたり、こちらは初めての子育てに必死です。メロディとも言えないような単調な節をつけて、そっと小声でささやくように歌いかけては、街灯に照らされる木々の間を抜けて行きました。こちらの願いがやっと届いたようで、いつしか娘もうとうとしはじめます。
冬の後には春が訪れて、季節はめぐりめぐり、いまではその子も大きくなりました。あるとき夜の寝かしつけが大変だったという話をしていたら、ぼくのへんてこな子守唄のことを覚えていると、娘が懐かしそうに言いました(五、六歳の頃まで、添い寝しながら時折歌って聞かせていました)。
わらべうたの中には、ぼくの即興ほどではありませんが、淡々としてあっけないくらい短い歌もあります。そんな素朴な歌が、口づてで、歌声で、ずっと伝えられてきました。きっとこどもの心には、歌だけでなく、だれかが歌ってくれたことそのものも残っていくのではないかと思うのです。冬には冬の、春には春の、季節という自然の光や風や匂いやさまざまな生きものの姿までもが、心の時間に織り込まれつつ……。
こどもといっしょに歌うとき、あなたの歌声は、その子にとって、心を育む贈りものなのだと思います。
この『歌声は贈りもの』には、折々の季節とともに楽しめるように、二十四節気に沿った二十四曲の童謡やわらべうたを収録し、それぞれの歌にまつわる思い出や歌詞の言葉の魅力を綴ったエッセイを添えています。
そして、こどもに歌って聞かせるための助けになれるよう、村松稔之さんによる、伴奏なしの歌声だけの音源が付いています。子を思う詩人の心情が詰まった「七つの子」の歌詞にぐっと惹かれるぼくとしては、村松さんの歌声に誘われて、ふっとこの歌が口をついて出てきます。
辻恵子さんの切り絵(*)はまるで歌の世界そのもので、ことに思い出深い「しゃぼん玉」や「一番星」など、心の奥の大切な情景がよみがえって、きゅっと胸をしめつけられるようです。
どうかめぐる季節の中で、こどもといっしょに、そしてあなたの中のこどもともいっしょに、童謡やわらべうたの世界を心ゆくまで楽しんでください。

*あのね編集部注…“辻恵子さんの切り絵”の部分についてですが、本書のカラーページの絵はパーツごとにハサミで切って貼り合わせた“貼り絵”として、白黒ページの絵は黒い紙を切り抜いて制作する“切り絵”として作られています。

白井明大(しらい・あけひろ)
詩人。1970年東京生まれ。多摩川べりの団地で育つ。著書の『日本の七十二候を楽しむ』が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。詩集に『歌』(思潮社)、『生きようと生きるほうへ』(同左、丸山豊記念現代詩賞)など。絵本に『えほん七十二候』(講談社)がある。沖縄在住。

2020.01.07

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