あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|福田雄介さん『イリエワニ』

あるひとつの出会いが、その人の一生を決めることがある。先月刊行した絵本『イリエワニ』の作者(文)、福田雄介さんと野生ワニの出会いはまさにそうしたものでした。『イリエワニ』は、オーストラリア北部に暮らす世界最大のワニ、イリエワニの野生の姿を描く初めての絵本。本書に込めた思いをエッセイに綴っていただきました。

野生ワニを追い続けて

福田雄介


高校に入って最初の夏休みが終わったころ、私はだんだん学校には行かなくなってしまった。毎日、親の目を盗んではズル休みをして暗い気持ちで過ごしていた。担任の先生からもうあと一日休めば退学だと最後のイエローカードをもらった晩、私は自室のテレビをみていた。その小さな画面に映ったのは、オーストラリアに棲むワニと現地の研究者の姿だった。その瞬間、私の頭のてっぺんからつま先まで稲妻が走り「これだ!」と思った。

その日から私は心を入れ替え、高校を卒業し、オーストラリアに渡った。あれから26年、オーストラリアでワニを追い続けた私の知見が、この絵本には最初のページから最後のページまでぎっしりと詰まっている。

イリエワニは世界で一番大きなワニ種だ。全長は6メートルを超え、体重も1トンに達する。そして性格は縄張り意識が強く、獰猛と言われる。動物園やワニ園でワニを見たことがある人はたくさんいると思うが、たいがいのワニはじっとしてほとんど動かず、地味な印象しかないかもしれない。

そんなイリエワニが自然ではどのように暮らしているのか……実際の姿はあまり知られていない。母親となるメスワニには産卵場所をめぐるメス同士の競争があり、それらのメスとつがうためにオスは激しい争いをする。メスはつきっきりで巣と卵を守り、やっと生まれた子ワニは長さ30センチにも満たない小ささだ。そんな子ワニを狙って、鳥や魚などさまざまな天敵が襲いかかってくる。しかし、ひとたび成長してしまえば、ワニの方が大きくなり、かつての天敵は獲物となる。ワニの一生は意外に長く、人間と大差がないと考えられているが、 その一生は過酷なサバイバル競争の連続だ。

最強の水辺の王者と言われながらも、実はきびしい野生の世界を懸命に生きているワニの美しい姿を、本書では正確かつ迫力のある絵で描いてもらった。専門用語や難しい言葉は使わずに、小学校中学年から問題なく読んでもらえるようになっている。地球の未来をになうお子さんが自然や動物に興味を持つきっかけになってくれればとてもうれしい(私のように外国にまで行って野生動物の研究や保護に半生を捧げてしまうのは考えものかもしれないが……)。

また、最新の研究結果をふんだんに取り入れた本書は、小学生以上のお子さんや大人が読んでも新しい発見があり十分に楽しんでもらえる内容だ。幸か不幸か、日本に野生のワニはいないが、世界のどこかにはこういう世界が広がっていることを親子で想像していただけたらと願っている。


ふくだゆうすけ
1980年、東京都生まれ。オーストラリアのダーウィン在住。野生動物学博士(オーストラリア国立大学)。日本で高校卒業後、ワニ研究の中心地であるオーストラリアに渡り、世界的権威の門を叩く。
イリエワニとジョンストンワニの保護管理を専門とする研究員として、豪州ノーザンテリトリー政府に勤務。趣味も野生ワニの撮影で、週末は自ら船を操舵し巨大なワニを探す。帰国時の楽しみはお風呂とラーメン。野生動物としてのワニと人間社会の共存の実現がライフワーク。著書に『世界で一番美しいワニの図鑑』(エクスナレッジ)『もしも人食いワニに噛まれたら!』(青春出版社)がある。X(Twitter):@GingaCrocodylus

2024.07.02

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