『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー

『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー 第3回

『やぎのグッドウィン』の訳者・こみやゆうさんのインタビュー。第3回は、子どもの本の翻訳のお仕事について伺っています。

第3回 子どもたちが“なりきる”ことができる訳文を



――絵本の翻訳ならではの難しさというのはありますか? 

翻訳者は、元となる原書と日本の読者との橋渡し役です。原文に寄り添いつつ、読者にも寄り添うのは簡単ではないです。さらに絵本は文章がすごく短いですし、読む対象の子が4歳だとしたら、その年齢が理解できる言葉、できない言葉というのも考えます。そうした制限の中で言葉を選ぶのはすごく難しいことですよね。

子どもたちが“なりきる”という話をしましたが、その意味では、最後まできちんと“なりきる”ことができるお話か、感情移入できて満足できる文章かが大事だと思っています。途中でひっかかる部分があって納得できなかったり、最後にあれ?って思うようなものだったりしたら、面白い本にはならない。

グッドウィンの冒頭部分を「のうふの マックダフさんに かわれている、ひとりぼっちの やぎでしたが、それでも まいにち たのしく くらしていました。」と訳しました。原文だと「a goat」とあるのを、それを「ひとりぼっちの やぎ」と訳しました。最初に「ひとりぼっち」というニュアンスがないと、最後に仲間がやってきてよかったという満足感につながらないと思ったからです。

――なるほど。ある意味、踏み込んだ訳なのですね。でも、たとえば「グッドウィンは、さびしくて仲間がほしいと思っていました。」と訳してしまうと……?

やりすぎでしょうね、きっと。意訳をするにしても、できるだけ短い言葉、ぎりぎり最低限の言葉で表現するのが、黒子である翻訳者の仕事ではないでしょうか。



――こみやさんはいつごろから翻訳家になろうと思っていたのですか?

翻訳家になろうと思ったことなんて、一度もありませんでした。勤めていた出版社を辞めることになって、それでも本作りはしたくって、退職後いくつかの出版社に声をかけてもらいましたが、フリーの道を選びました。最初は、編集業をやらせてもらおうと、企画を持って出版社を回っていたのですが、フリーの編集者を使ってまで本を出そうという出版社は少なく「じゃあ、自分で訳すしかない」ということになったんです。とにかく自分が納得いく本だけを作りたかったので、それができれば、編集者でも翻訳家でもなんでもよかったんです。それだけを貫いていたら、いつの間にか翻訳家になっていました。

ただ、編集者の時代に、日本の子どもの本の礎を築いてこられた先生方とお仕事をしてきたのは、大きかったと思います。勤めていた出版社では、出版したい本を企画会議に出すときに、内容がわからなくては判断してもらえないので、事前に自分で粗訳を付けて提出していました。そして、企画が通ったら、先生に訳を依頼して、その後、先生の訳文が送られてくる。それを自分の粗訳と比べてみると、もう全然違う。「そうか、ここはこういうふうに訳すのか」みたいなことを十数年やってきたのが、いま思えば、とても役に立っていると思います。

――影響を受けた人はいますか?

たくさんいますけど『もりのなか』(マリー・ホール・エッツ作)などの翻訳者、間崎ルリ子先生の存在は大きいです。子どもの本の世界においての、ぼくの指針です。編集者時代にお仕事をさせていただいたこともそうですが、もっと言えば、ぼくが大学生からのお付き合いなんです。

両親は熊本で「竹とんぼ」という子どもの本の専門店をやっているのですが、当時、ぼくが大学生で、すでに母と交流のあった間崎先生が熊本へ講演会に来られたときに、ぼくも講演を聴いたんです。その時、ものすごく感激して、それから手紙で自分が最近読んだ本の感想とか、あの頃アンデルセンにはまっていて、自分でも創作を書いていたものですから、それを間崎先生に送っていたんです。いま考えれば顔から火が出そうになるくらい恥ずかしいんですが、ちゃんと丁寧なお返事をもらいました。大学時代には文通を重ね、出版社に就職してからは、すぐにはお仕事をご一緒できなかったけれど、徐々にできるようになって、それからたくさんの本をご一緒させていただきました。

今年、エッツの『どうぶつたちのナンセンス絵本』(アノニマ・スタジオ)という詩の絵本を訳しました。しかし、エッツといえば、間崎先生ですよね。できあがった本を送りたかったのですが、プレッシャーで送れずにいたんです。



そうしたら、ある日、先生のほうからお葉書が来たんです。ドキドキして読んだら、自ら本を購入して読んでくださったみたいで「なんて楽しい本でしょう」とあり、訳もほめてくださったんです。それはもううれしかったし、ほっとしました。気をかけてくださる恩師がいるというのは、本当にありがたいことだなと思います。

写真3枚目 こみやさんが所有しているドン・フリーマンの未訳の原書の数々
写真4枚目 エッツの詩の絵本『どうぶつたちのナンセンス絵本』(アノニマ・スタジオ)


第4回につづきます)

連載 第1回から読むには こちら>>

2020.01.08

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