『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー

『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー 第2回

『やぎのグッドウィン』の訳者・こみやゆうさんのインタビュー。第2回は、“本を選ぶこと”について伺っています。

第2回 「幸せとはなにか」を伝えるために



――翻訳のお仕事を始めてどれくらいになりますか?

もともと出版社に勤めていたのを、35歳になる直前に辞めて、フリーの編集と翻訳をするようになりますが、いま45歳なので、丸10年かな。訳した本は、おそらく来年あたりで100冊を超えると思います。

――こみやさんが訳されている『オポッサムはないてません』(大日本図書、フランク・タシュリン作)を読んだのですが、すごく面白かったです。「幸せとはなんだろう」…みたいな問いが描かれているのが、何となく『グッドウィン』とも近いものがある気がしました。『グッドウィン』も「奇跡のやぎだ!」と注目されて周りは盛り上がっているけども、本人は幸せじゃなくて……。

そうですね。「オポッサム」の方がもっと強めにメッセージ性が出ているかもしれないですが、当人の幸せは当人にしか分からないという点では共通しているかもしれません。

ぼくには、翻訳する本を選んだり、自宅でやっている家庭文庫に置く本を選んだりするときの基準というものが、大きく分けて二つあります。

一つは、まさに「幸せとはなにか」ということを子どもたちに伝えられるものかどうか。もう一つは、「人のよろこびをわがよろこびとし、人の悲しみをわが悲しみとする」ことを伝えられるかどうかということです。

――詳しく教えてください。

一つ目については、一体なにが幸せなのかということを子どもたちに伝えなければならないわけですが、幸せとはなにかを伝えるのって、じつはすごく難しい。というのは、幸せの価値観って、人それぞれじゃないですか。お金がたくさんあることが一番幸せと思う人もいれば、友人が多いことが一番だと思う人もいるかもしれない。

だから、ある程度しぼらないと、幸せとはなにかってことを伝えられないと思ったんです。そのしぼるというのは、つまり「子どもにとっての幸せとはなにか」を見定めるということです。だってぼくは、子どもが読む「絵本」というもので、それを伝えようとしているわけですから。

そして、行き着いた答えが「その子がその子らしくいられること」だったんです。頭がいいとか、運動ができるとかじゃなくて、その子がその子らしく振る舞えて、日々を生き生きと過ごせることが、子どもにとって何より幸せなんじゃないかと。

――ええ。

だとすると、どうやったら絵本でそれを伝えられるか? それは「理想を見せる」ことだと思ったんです。理想の環境、理想の人間像を見せることだと。グッドウィンだったら、騒がしいところや、なわでつながれるよりも、静かなところ、自由でいられることが理想的な環境かもしれない。コールテンくんにとっては、最後に出会えたリサという女の子と一緒にいられることが理想の環境かもしれない。

ほかにも、こうなったらいいなとか、あんな人がいたらいいな、こんな人になりたいなとか、いろんな理想の形があります。そうした理想を、一冊の絵本だけでなく、たくさんの絵本を読んで、その一冊一冊が、その理想の一つ一つが、心の中に積み重なって蓄えられていき、大人になったときに、その人なりの「理想の幸せ」というものが生まれるんじゃないかと。「これが自分の幸せだ」っていうのが根っこにあれば、それが心のよりどころになって、多少のことでくじけたりしないし、まして他人を傷つけたりしないんじゃないかと思うんです。
 



反対に、ある種の戦争をテーマにした絵本のように「こんな不幸があるんだ、こういう悪いことがあるんだ」ということを子どもたちに見せて、いわば反面教師的な立場から「だから平和がいいんだよ、そうではないのが幸せなんだよ」というやり方で幸せを伝えようとする本もあります。

それは、ある意味、幸せとは何かを正面から伝えるより簡単なことなんです。何が幸せかという問いを子どもの感覚で考えずとも、大人の感覚で提供できますから。でも、それはまだ人生経験が乏しい子どもには理解できないし、逆効果でしかありません。子ども時代には、いいなって思える世界観、いいなって思える人物像を見せることが大事で、とにかく肯定的な像をあらゆる角度で見せる、そういう本を子どもたちに手渡さなければならないと思っています。



――二つ目におっしゃっていた「人のよろこびをわがよろこびとし、人の悲しみをわが悲しみとする」というのは……?

子どもたちが絵本をどうして面白いと思うのかというと、読んでもらいながら、グッドウィンなり、コールテンくんなりに感情移入するからですよね? 感情移入するということは“なりきる”ということでしょう? つまり、絵本を読む(聞く)ということは、いろんな他人になりきることなんですね。やぎになったり、くまの人形になったり、小さいおうちになったりする。人間じゃないものにも、生き物じゃないものにさえなる。それは、いろんな人の心、“他の心”をもらうという行為なんです。そんないろんな“他の心”を持っている人のことを「心が豊か」というのだと思うんです。

絵本をたくさん読んでほしい理由は、そこなんですよ。自分とは環境も違えば、時代も国も習慣も文化も違うものになりきることで、いろんな立場のいろんな考えの人の心に寄り添えるわけです。もしだれかがよろこんでいれば自分もうれしいと思えるし、悲しんでいれば自分も悲しくなる。そんなふうに、他人の心が分かるやさしい人間になると思うんです。そうしたら、そんな子が将来、大人になった時に、戦争を起こそうとするでしょうか? だれかに人を殺しに行けと言われて「はい」と言って、行くでしょうか? 

写真3枚目 こみやさんが自宅で開いている家庭文庫の棚。ぞうのババールの車が
写真4枚目 『どろんこハリー』のぬいぐるみは、作者(絵)のマーガレット・ブロイ・グレアムさんから直接贈られたもの

第3回につづきます)

連載 第1回はこちら>>

2020.01.07

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事