かこさん、ありがとう! 特別エッセイ①|中川李枝子さん「だるまちゃんとネクタイ」
5月2日、加古里子さんが逝去されました。半世紀以上に渡って子どもたちのために絵本を描き続けた加古さんを偲び、全3回の特別エッセイを掲載いたします。加古さんと生前に親交があった方々、また、日々絵本を子どもたちに届けている方々が寄せてくださった、ありがとうのメッセージをぜひご一読下さい。
初回は、加古さんと生前に親交があった『ぐりとぐら』の作者、中川李枝子さんからのメッセージをお届けいたします。
だるまちゃんとネクタイ
中川李枝子
「かこさとし」のお名前といっしょに必ず私の脳裏に浮かぶのは、絵本の主人公のだるまちゃんと、私が初めてお会いした日、かこさんの胸元にあったネクタイです。ラジオのニュースで悲しい訃報を知ったときには、だるまちゃんとネクタイが、無言で脳裏を過ぎりました。私は心の中で「さようなら かこさん、ありがとう かこさん」と合掌しました。
かこさんの絵本は全て傑作です。特に『だるまちゃんとてんぐちゃん』は大傑作! 見れば見るほど、読めば読むほど、面白くておかしくて、笑いがふわっとこみあげます。やさしくて、あたたかくて、生きる元気にあふれ、かこさんの並々ならぬ愛と知=フィロソフィア、つまり哲学を私は感じます。
そしてもう一つのネクタイとは? 今にして思うと、そのネクタイも、面白くておかしくて、やさしい、あたたかい不思議なネクタイでした。六十年以上経つのに決して忘れられません。
布地は、昔の男の赤ちゃんがお宮参りなどに着た、端午の節句の絵柄を染めた晴れ着をほどいたものらしく、かなり古びていて、ネクタイはお手製と見えました。
実はその日、高校を卒業したての私は、保母学院の上級生に誘われて、憧れのセツルメントへ喜び勇んでお供したのです。そう、場所は川崎、ごく普通の一軒家を覚えています。一歩入ると、見るからにエリート会社員風の、きちんとしたスーツ姿の長身の青年が一人、数人の腕白少年たちに囲まれて大声を張り上げ、丁々発止やり合っている真っ最中でした。耳をつんざく騒々しさと迫力に私はキモを潰して結局逃げ帰ったのですが、少年たちにビクともしないで向き合う青年の胸元のネクタイに気がつくや、何故か、とても安堵して救われた心地になりました。この人は厳しそうで怖いけれど、根は優しいに違いないと確信したからです。セツルメントが甘くないことも良くわかりました。
という次第で、だるまちゃんとネクタイはかこさとしさんと固くつながっています。
かこさんによると、日本的な民族性に富んだものを作りたいとのお考えで郷土玩具のキャラクター題材を選んだとのことです。
ネクタイも、ただのネクタイではなかったはず、かこさんがこの世に生まれて、愛情をたっぷり受け、幸せいっぱいの赤ちゃんだった頃のおべべではないかしらと、私はもう一度お会いして伺いたいところです。
中川李枝子(なかがわ・りえこ)
1935年札幌に生まれる。保育園に勤務のかたわら創作をはじめた。1962年に出版された童話『いやいやえん』(福音館書店)は、厚生大臣賞、サンケイ児童出版文化賞などを受賞。1980年『子犬のロクがやってきた』(岩波書店)で毎日出版文化賞受賞。童話『かえるのエルタ』『ももいろのきりん』、絵本『ぐりとぐら』『はじめてのゆき』『とらたとおおゆき』、エッセイ『絵本と私』(以上福音館書店)など著書多数。東京都在住。
2018.07.23