今月の新刊エッセイ|藤重ヒカルさん『さよなら、おばけ団地』
今月の新刊エッセイを寄せてくださったのは、『さよなら、おばけ団地』の作者・藤重ヒカルさん。古い団地を舞台にした、ちょっと不思議な5つのお話の裏には、学生時代の藤重さんが出会った、阿佐ヶ谷住宅の思い出がありました。
消えた団地でお散歩を
藤重ヒカル
この本の舞台、桜が谷団地のモデルとなった阿佐ヶ谷住宅は、東京の杉並区にあった団地で、東京タワーができた年に完成し、55年後の2013年に取り壊されました。
阿佐ヶ谷住宅を初めて訪れたのは、建築学科の学生だったころ。この団地に30棟ほどある低層棟の見学会でした。低層棟は、テラスハウスと呼ばれる2階建ての長屋で、有名な建築家、前川國男氏による設計だったのです。私は団地と聞いていたので、箱型の巨大な建物が整然と並んでいるのを想像していました。身近に大きな団地がなかったせいか、あのコンクリートで作られた風景がどうも苦手な私は、友人に誘われたものの、その見学会にそれほど期待はしていませんでした。
しかし、阿佐ヶ谷住宅は、私が持っている団地のイメージとは、だいぶ違う場所でした。
確かに箱型の四階建ての建物も並んでいますが、団地の半分以上は、赤い屋根がかわいらしいテラスハウス。建物どうしの間隔がゆったりと取られていて、緑に覆われています。それぞれの建物は迷路のような小道で結ばれ、手作りの花壇、ほどほどに手入れされた植え込み、秘密基地のような小さな広場があちこちにありました。大きな木もあり、森のような場所もあります。開発時、個人のものでも公共のものでもない、あいまいな緑地を多く設けるというテーマがあったとのこと。そのためか、団地全体がひとつの空気で緩やかにつながっているようです。まるで、もともとあった森や野原に、それぞれの建物を建てていったかのようにも思えました。
それ以来、私はこの阿佐ヶ谷住宅が好きになり、たびたび散策するようになりました。
もちろん、住人のご迷惑になるので、あまり踏み込んだ所には行きませんでしたが、それでも四季 折々の花が楽しめ、よく中央の広場でお花見もさせていただきました。
しかし、あるころから、急に空き家が目立つようになったのです。聞けば、老朽化のため、建て替え計画が進行中とのこと。私が好きな赤い屋根のテラスハウスにも、ベニヤ板でふさがれた窓が多くなっていきました。すれ違う人も、目に見えて減っていったのです。
けれども、人が少なくなるにつれ、団地全体をひとつにしていた独特な空気は、ますますこく、深くなっていきました。忘れられた三輪車や、誰に見せることなく毎年咲き続ける桜や花壇の花々、シロツメ草に埋もれた子ども用のながぐつ……そういうものを見つけるたび、何か、忘れてしまった思い出の中を歩いているような不思議な気分になるのです。
取り壊しが始まったころ、私は、阿佐ヶ谷住宅にまつわるいくつかの怪談話を耳にしました。ひとりでにブランコが揺れるとか、夜中の電話ボックスで人が消えるとか……。古い団地なら、ありがちな噂話です。しかし、私の中で、あの阿佐ヶ谷住宅の空気と、怪談はどうにも結びつきませんでした。
たとえ怪談があったとしても、何か事情があるはず……。私はその「事情」を考えてみたくなったのです。
『さよなら、おばけ団地』の物語は、この阿佐ヶ谷住宅で見た光景がもとになっています。
四歳の娘と、桜の花びらの山の中で見つけたモンシロチョウの亡骸。給水塔の上で、命綱なしで悠々と仕事をしている作業員。誰もいない広場で、ひとり黙々と遊具で遊ぶランニング姿の男の子や、空き家の庭で、静かにシャボン玉をする二人の女の子……。
これらの何気ない一コマを怪談に置きかえ、そのこわくない「事情」を考える。そんなやり方で、5つのお話ができていきました。
もう、阿佐ヶ谷住宅はありません。けれども、私が阿佐ヶ谷住宅を歩いた時と同じように、この本を読んでくれた子供達が、「桜が谷団地」を不思議な気分で歩いてくれればと思います。
藤重ヒカル(ふじしげ・ひかる)
武蔵野美術大学卒業後、建築インテリアの仕事に従事するかたわら、飯野和好氏に師事。絵本・童話をかき始める。児童文学誌「飛ぶ教室」(光村図書出版)33、34号の作品募集に続けて入選し、その作品をもとにした『日小見(ひおみ)不思議草紙』(偕成社)でデビュー。2017年、同作品で日本児童文学者協会新人賞を受賞。本作が受賞後初の作品となる。
2018.01.09