あのねエッセイ

特別インタビュー|田中達也さん『あーっとかたづけ』

9月の新刊『あーっとかたづけ』は、ミニチュア写真家・見立て作家の田中達也さんによる絵本『くみたて』の姉妹編です。次の舞台は「家の中」。玄関や食卓などを、作業員たちが〈片付け〉ながら見立てていきます。誰もが日常的におこなう〈片付け〉ですが、意外と奥が深いようで……。田中さんに、作品に込めた思いや見どころをたっぷり伺いました。

散らかりは〈見立て〉のもと

絵本『あーっとかたづけ』刊行記念 田中達也さんインタビュー


――初めての絵本『くみたて』を出されてから、これまでと違う反響はありましたか?

サイン会で、写真集ではなく絵本を出してもらうことは増えましたね。子どもが自分で「これにサインしてください」って絵本を渡してくれる。夏休みの自由制作で「見立て」をしてみたいんだけど、どういう点に注意したらいいですか、って聞かれたこともありました。あとは、小学校の先生向けの授業サンプル集への掲載依頼とか。絵本を出したことで、小学校の授業とか自由研究とか、〈子どもの学び〉との接点が生まれたような気がします。

――そういう反応が出てきたのはうれしいですね。そんな『くみたて』の姉妹編『あーっとかたづけ』で、〈片付け〉をテーマに選ばれたのは、なぜだったんでしょうか。

実は、最初のコンセプトは、〈家の中を見立て尽くす〉というものだったんです。『MINIATURE LIFE at HOME』という本で〈家の中〉をテーマにしたんですが、もっと空間を丸ごと見立てたらおもしろいかなと。そこに『くみたて』に出てきた小人たちを登場させるとなると、部屋にいたずらをしながら見立てていくイメージ……つまり、散らかす方向で考えていたんです。ただ、子どもが真似しづらいだろうし、親としてもあんまり子どもに勧めたくないだろうな、と(笑)。だったらもう、元々部屋が散らかってた方がいいんじゃないかと思ったんですよね。見立てても完全には片付かないけど、元の状態より悪いことにはならない。

あと、〈片付け〉って誰もが日常的にするじゃないですか? 毎日すること、どんな人にでも共通することを見立てのテーマにしているので、〈片付け〉はいいなと。うちの子どもも散らかし放題なんですけど、たまにそこを観察すると、面白いんですよ。仕事が終わってリビングに戻ってくると、ソファーの上にお菓子の食べかすがあるんですよね。「誰かそこでお菓子食べた?」って聞くと、「食べてない!」って言うんですけど、絶対食べたでしょ、と(笑)。散らかってる状態には、人間の痕跡みたいなものがあるんですよね。

――そこにいた人の個性が透けて見えるようなイメージですね。

前の職場の同僚で、机がすごく散らかっている人がいたんですけど、片付けられると困るって言ってました。その人にとっては、それが〈片付いている〉状態なんですよね。『あーっとかたづけ』の見立てた後も、「かたづけ」って言ってるけど、一般的な意味での整理整頓ではない。でも、それが人によっては〈片付いている〉わけですよ。僕は、そういう意味での〈片付け〉でいいんじゃない?って思ってるんです。

――この本を読むぐらいの年齢の子どもたちは、親に「片付けなさい」って言われてると思うんですね。親も親で、叱るのは嫌だな、と思いながらも、「出したものはあったところに戻しなさい」と言っている。そんな親子が本作を読むと、これでいいのかも、と少し肩の力が抜けるのではないでしょうか。

僕も子どもの時に、親から「片付けなさい」って言われたのを覚えています。でも、遊んでいるときに傑作が出来上がったら、それは片付けたくないじゃないですか。親に都合がいい〈片付いている〉状態と、子どもに都合がいい〈片付いている〉状態は違いますからね

学校から帰ってきた子どもが浮かび上がるように

――『あーっとかたづけ』では、洗面所やベッドなど、実際に人間が生活している場で見立てがされていますよね。『くみたて』やSNSでの投稿では、背景に人間の生活空間が写っているものが少ない印象だったんですが……

作品を作るときには、基本的に見立てのアイディア自体に注目させたいので、背景はいらないんですよ。ただ、今回の絵本では、最初から最後まで読み通すことで、時間の経過がわかるようにしてみたかったんです。

当初は、小人たちが玄関から順番に家の中を回っていって、最後にベッドを見立てると、そこに子どもがやってくる、というイメージをしていたんです。そこに〈片付け〉というテーマが出てきたので、子どもが学校から帰ってきて、部屋を散らかしていく流れを追う、という構成を考えました。

時系列を追っていくとなると、背景がないと流れがイメージしづらい。例えば、家に帰ってきて、最初は玄関。玄関で脱ぎ捨てられた子どもの靴って、中から砂とかが大量に出てくるじゃないですか(笑)。そういうエピソードは、やっぱり靴と砂だけだと説得力がないので、玄関っぽく背景のセットを作りました。


――時間の経過がわかるようにしたいと思ったのは、どうしてですか?

せっかく1冊の絵本にするのであれば、まとまりがあるものにしたいな、という思いはありました。「ある場面を見立てる」という短い話の繰り返しなんだけど、全体として読んだときに、子どもの一日が浮かび上がってくるような。

――玄関や洗面所などの背景があることで、小学生が通過していく道順がリアルに想像できますね。

そういう意味で言うと、読んだ人に「うちみたいだな」と思ってもらうためには、なるべく背景に特徴を出さない方がいいなと思ったんです。例えば床がフローリングの家もあれば、大理石の家もありますよね。環境がみんな違うじゃないですか。

――家の個性が出そうなところは抽象化しているので、玄関だってわかるけど、特定の玄関には見えないという、ちょうどいいところになっていますよね。だからこそ、子どもたちが自分に引きつけて感じやすいのではないかと思います。

あとは、最初と最後の場面の文章ですね。はじめは、「さぁ あとかたづけを はじめよう」と「あとかたづけ おつかれさま!」という文章でしたが、それぞれに「きょうも」ということばを加えました。
「さぁ きょうも あとかたづけを はじめよう」になったことで、「昨日も今日も明日も…」というニュアンスが出て、「あとかたづけ」っていうのは毎日行われている作業なんだなと印象づけられたと思います。また、最後を「あとかたづけ きょうも おつかれさま!」にしたことで、ここまでの流れが「一日」だったのかって気づいてくれるかなと思ったんです。

ものに宿るリアルさを追求する

――『あーっとかたづけ』の中で、特に見てほしい場面はありますか?

これはもう、ご飯を食べた後の場面です。食後のテーブルを動物園にするアイディアはスケッチの段階で決まっていて、食べ残したものを動物が食べに来る、という想定でいたんです。それで実際に場面を作ってみたら、食べ残しがすごくもったいない感じに見えるんですよ。こんなに食べ物を残したらだめだろうって、どうしても思えてしまって。だからと言って、何もなくなってしまうと見立てもできないので、ギリギリ許せる範囲を探っていきました。食事を分けるカップを木とか山にしてみたり……。

――では、制作がスムーズに進んだ場面や、楽しかった場面はありましたか。

ランドセルの場面は、あまり無理せず作れましたね。出てくるものは、長男のものをそのまま使ってるんです。文房具とか、テストの答案とか。普段からあまりキャラクターグッズを使わせないようにしていて……いつでも作品作りに引っ張り出せるように。今回はそれが効いたなと(笑)。

玄関の靴は次男のものです。だいぶ綺麗にしたんですけど、思ったより汚くて、妻はちょっと嫌がっていました(笑)。でもこれくらいがリアルですよね。

――最初の2つの場面(靴とランドセルの場面)に、実際にお子さんが使っているものを登場させることで、リアリティが出ますね。散らかしていく人像が見えてきます。

小学生男子が帰ってきた感じが(笑)。遊園地の場面で使ったバスケットボールとサッカーボールは、新しいものを買ったので、公園に汚しに行きました。公園の砂でこすったり、ヤスリで削ってみたりとか。

予期していないところに面白いことが見つかる

――前作『くみたて』も含めての質問になるんですが、見立てができる過程も含めて見せている絵本と、完成された見立てのみを見せる普段の作品とは、作り方で違う部分はありますか?

絵本の場合は、見立てる前の場面から、何に見立てられるかを予想してもらうことになるので、ヒントはありつつ、簡単にはわからないようにしないといけないんです。見立て前と比べたときに、ものの配置は変わりすぎず、でも印象はしっかり変わる。そのギリギリのラインを狙っています。今回の『あーっとかたづけ』は特にそうですが、見立てる前も、普段の風景として成立する必要はありますしね。

あとは、普段からもう一つルールにしてるのは、日常で組み合わせないもの同士は使わない、ということ。例えば一つの見立てを作るときに、文房具だったら、文房具だけで作るし、食べ物が洋食だとしたら洋食器を使う。それを、日常の風景を見立てていく今回の絵本でも、同じように意識しています。

あと、ツッコミが入るようなものにしたいっていうのはありますよね。片付けって言ってるのに、片付いてないじゃないか!とか。『くみたて』も、組み立てたのに違うものになるじゃん!っていうツッコミが入る作品だったので、ノリは一緒だと思ってます。そういう意味では『くみたて』の兄弟分ですね。今回は家の中ですけど、舞台を学校に変えてみたり、違う場所でやってみるのも面白いかなと思います。

――今作を親子で読んでもらう時に、どういう楽しみ方をしてほしいですか?

具体的な本の楽しみ方で言うと、散らかった状態と、その見立てた後の状態を見比べて、何回も前後しながら見てほしいですね。タイトルの『あーっとかたづけ』には、“あっと”いう間に、“あーっと”驚く、“アート”な“あと”片付け、といういろんな意味を込めています。感覚としては、片付けを楽しむというより、片付いてない状態も楽しもう!っていうのに近いですね。散らかっている状態もある意味〈アート〉なんじゃないかなと。

あと、裏のメッセージは、〈失敗は成功のもと〉ということ。僕自身、予期せぬことが起こった時にうまく見立てで乗り切って、いい作品ができることもあるんです。コロナ禍中、ホテル隔離されている時に、ベッドを山に見立てた作品が生まれたのもそうです。『あーっとかたづけ』の最後にある、ベッドの見立てにもつながりました。

見立て自体が〈工夫で乗り切る〉ことだ、といつも言ってるんですけど、思い通りにならないときは、楽しめる方法で乗り切ってほしい。今回の場合だったら、結果的に片付かなくても、片付いてない状態の方が成功の場合もある。〈散らかりは見立てのもと〉みたいなイメージです。

――確かに、あまりにも整然しているところからは、想像力が刺激されないですよね。

失敗って、予想してない経路なんですよね。自分が普段やっている通りに行動できていたら、見つからないことってあって。予期していないところで、面白いことが見つかるのかもしれないですね。



田中達也(たなか・たつや)
ミニチュア写真家・見立て作家。1981年熊本生まれ。2011年、ミニチュアの視点で日常にある物を別の物に見立てたアート「MINIATURE CALENDAR」を開始。以後毎日作品をインターネット上で発表し続けている。国内外で、「MINIATURE LIFE展 田中達也見立ての世界」を開催中。主な仕事に、2017年NHKの連続テレビ小説「ひよっこ」のタイトルバック、日本橋高島屋S.Cオープニングムービー、2020年ドバイ国際博覧会 日本館展示クリエーターとして参画など。Instagramのフォロワーは370万人を超える(2023年8月現在)。著書に『MINIATURE LIFE』『Small Wonders』『MINIATURE TRIP IN JAPAN』『MINIATURE TRIP AROUND THE WORLD』『MINIATURE LIFE at HOME』など。絵本に『くみたて』(福音館書店)『おすしがふくをかいにきた』(白泉社)がある。

2023.09.14

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