あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|大塚いちおさん『かたちのえほん まる さんかく しかく』

今月取り上げる『かたちのえほん まる さんかく しかく』の作者・大塚いちおさんは、書籍、広告、音楽関係のイラストレーションなど数多く手がけるほか、展覧会やワークショップなどの活動も積極的に行っている、気鋭のイラストレーター、アートディレクター。『もののえほん いちにち』に続いて刊行された、あたたかみのある赤ちゃん絵本について、語っていただきました 。

「もの」を伝えるには、 「写真」よりも「絵」がいい

大塚いちお


 新潟出身の僕にとって、幼い頃の冬といえば、ほとんど雪だった。晴れた日は、その雪の中で遊び、それも出来ない天気の時は、家の中で遊んで過ごした。家での遊びは、おもちゃ以外の様々なものを使った。父が大工だったので、あまった木材の切れ端をもらっては、それを積み木代わりに並べてみたり、母の編み物の棒をみつけると、椅子や机をそれで叩いてみたり。
 おそらく言われても聞かなかったのか、タンスにはシール、壁や柱にはクレヨンでの落書きと、ほとんどの遊びが、いわば説明書通りではなく、勝手な遊びばかりだった。
 絵本といえば、就寝前に母から絵本を読みきかせしてもらったような記憶もあまりない。絵本や紙芝居をひっぱりだしては、好きなところばかり読んだ。時には話の内容を変えて読んだりと、こちらも勝手な読み方だった。
 決して褒められた子どもの遊び方ではなかった。もちろん、おもちゃや絵本で遊んでいた時もあるはずだ。それなのに覚えているのは、そんなことばかりだ。
 僕自身、木材の切れ端と積み木の違いをいつ知ったかは覚えていない。どういった時に初めてその「もの」に触れ、それを知るか。おそらく実際に本物に触れる体験からのほうがいいと思う。例えば、砂という「もの」の名前も、公園の砂場でさわってみて、その感触と共に知るものだし、草の上を歩いてみて、草はミドリ色ということだけでなく、こんな匂いもするのだと知ることができるからだ。
 いろんな「もの」を知る機会は多い方がいい。しかし、すべてを実体験でというのは難しい。図鑑の写真で、「もの」の名前を知ることもあるだろう。けれど、僕は「もの」を伝えるなら絵がいいと思った。


 自分で描いてみてよくわかったのだが、本物に近づけようといくら「もの」を細かく描いても絶対本物にはなれない。写真だって本物ではないはずだけど、ちょっと本物っぽく見えてしまうから、子どもだけじゃなく、もしかしたら親だって、うっかり本物はこうだ、と思ってしまう。本物には目で見るだけでは知ることのできない、実際に触れてみないとわからない、たくさんのこともあるのに。それを体験せずに知ったような気になってしまうのはもったいない。
その点、絵はよく描けていても所詮絵だ。これは悪い意味ではない(笑)。
 本物を目指してもそうはならないので、どこかで「絵」としての完成を目指す。描き手によって、細かな表現や仕上げ方も違う。今回の「かたちのえほん」も、そういう意味では、僕が描いた僕なりの世界観での「もの」でしかない。だからこの本の正しい使い方は、この本をきっかけにして本物にふれるところで完成する。家や街でその形を探し、時には間違え、親子で会話してもらうことがこの本の役目なのだ。ヒントとしてテキストに擬音語を多めに入れたのも、親子でこの絵本を開きながら、音や身振り手振りで読むことが、コミュニケーションの一つになってくれれば、という思いからだ。
 ついつい子どものためにと思うと、知識や教養を与えたいと思ってしまうのが親心だ。けれど、美術館で絵を眺めながら想像力や感性を養ったりすることと同じように、この本を眺めながら、親子で会話をしてほしい。そして実際にその「かたち」を探し、本物に触れた時、その「もの」の名前と一緒に、匂いや温度、時には音や風やたくさんのことを同時に感じてもらえたら嬉しい。
 そして、そんな経験と記憶の積み重ねが、のちに親子の素敵な思い出のひとつになってくれたらと願うのだ。

 



大塚いちお(おおつか・いちお)
イラストレーター、アートディレクター。1968年新潟県上越市生まれ。書籍や雑誌、広告、音楽関係のイラストレーションなど数多く手がけるほか、展覧会やワークショップなどの活動も積極的に行っている。 「GIONGO GITAIGO J”ISHO」(ピエ・ブックス)で東京ADC賞受賞。 作品集に「MAGIC!―illustration book,ICHIO Otsuka’s 」(誠文堂新光社)がある。絵本に『もののえほん いちにち』(3冊セット・福音館書店)、『クーナ』(イースト・プレス)など。NHKEテレ「みいつけた!」のキャラクターデザインやアートディレクションも手がけている。

2017.09.08

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