特別エッセイ|大西健夫さん『地球がうみだす土のはなし』
3月の新刊『地球がうみだす土のはなし』は、「土」のなりたちと役割を分かりやすく描いた科学絵本。火山灰や岩石など、地球がうみだす物質と、生き物のかけらが混ざりあい、長い年月をかけて「土」となるまでの壮大なドラマを、美しいイラストとともに紹介した一冊です。作品の刊行を記念して、著者で水文学者の大西健夫さんが、「土」の絵本を作ることになったきっかけや、絵本に込めた思いについて綴ったエッセイを寄せてくださいました。ぜひ作品とあわせてお楽しみください。
土からみえてくる地球の神秘と歴史
大西健夫
多くの人が都会生活をするようになった現代では、現実の実生活で一日に一度は土に触れることがある、という人は急激に減ってきているように思います。「土」という言葉は誰もが知っているのに、すでに土が身近な存在ではなくなりつつあるのかもしれません。しかし、アスファルトやコンクリートで表面が覆われた都会でも、その一皮をめくればそこには土があります。英語では土に対してearth、つまり「地球」を意味する単語と同じ語をあてるように、人間をふくむ生き物は、まさに土を媒介にして、地球と繋がっているのです。この土のこと、みなさんはどれぐらい知っていますか。この土のなりたちを追っていこう、というのが本書の大きなテーマとなっています。
人間はゼロから土を作り出すことはできません。私は日ごろ、地球上をめぐる水との関わりから土のことも研究をしているのですが、恥ずかしながら、そのことをきちんと意識的に理解したのはつい最近のことでした。途方もなく長い時間をかけて、岩が雨風によって砕かれて小さなかけらになっていくとともに、雨水や地下水との化学反応によって岩の成分が溶けだし、再結晶化して粘土ができあがっていく。そしてそれらがもともとは生き物を構成していた有機物と結びついて、ある構造をもった土ができあがっていく過程は見事としか言いようがありません。人間は様々なものを生み出すことができる発明する存在、という側面は確かにあるのだと思いますが、生き物はいうに及ばず、人間だけの力では決して作り出すことができないのが土なのです。そのような存在が、地球の陸地全体を覆っているのです。
これは、私にとっては新鮮な驚きであるとともに、土に対してますます畏敬の念を抱くようになりました。一番にはこの感動を伝えたいと思い、土が岩と生き物のコラボレーションからできあがっていく、そのプロセスそのものを丁寧に描くストーリをつくりました。絵本のよさは、言葉では表現が難しくても絵が語ってくれるという点です。絵を担当していただいた西山竜平さんが、湿った土の質感や匂い、悠久の時間をかけて岩が風化されていく様子などを、見事に表現してくれています。
また土は、場所ごとの歴史をその層の中に封じ込めたような、地域性の高い存在です。地域ごとに同じ土に対して様々に異なる呼称があることが、このことを端的に表しています。たとえば、絵本に登場する土のモデルとなった「黒ボク土」には、「暗土」や「イモゴ」といった呼び方もあります。科学は地域性を超えた普遍性を求める一方、個別の事例に潜む微細な違いはその普遍性の網からはこぼれ落ちます。他方、地域ごとに人々が長い時間をかけて培ってきた「在来知」と呼ばれる知恵は、その微細な機微、そしてその場所の歴史を見逃しません。「科学知」と「在来知」とが手に手をとって、謙虚に土のことを理解しようと努めつづけるならば、土が持っている様々な力、能力をもっと引き出すことができるかもしれません。この絵本を通じて、かけがいのない土を保全していくことの重要性に、一人でも多くの子たちが得心するきっかけとなるのであれば、望外の喜びです。
大西健夫(おおにし・たけお)
岐阜大学応用生物科学部准教授。農学博士。専門は、水が運ぶ様々な物質や水の循環を研究する水文学。山林から農地、そして海への水と物質の流れ、変化を研究している。京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
2021.03.19