今月の新刊エッセイ|上條由美子さん『クリスマスの小屋―アイルランドの妖精のおはなし―』
今回ご紹介するのは、クリスマスにおすすめの新刊『クリスマスの小屋―アイルランドの妖精のおはなし―』。様々な逆境に見舞われながらも、希望を持って前向きに生きる女性・オーナにまつわるアイルランドの伝説を童話にした一冊です。あのねエッセイでは、訳者の上條由美子さんが、稀代のストーリーテラー、ルース・ソーヤーによって語られる物語の魅力や、お話の背景となるアイルランドのクリスマス、妖精について語ってくださいました。
もし今夜ホワイトクリスマスになれば、オーナは両手をひろげて、世の中の半分もの 子どもたちをこの小屋に迎えいれることだろう
上條由美子
このお話の主人公、旅まわりのいかけ屋の娘オーナは、育ての親のもとで美しく成長しますが、その生まれが災いして、結婚して家族をもつことも自分の家とよべる小屋をもつこともできません。村の家々に住みこんで、老夫婦の介護をしたり、親をなくした幼い子どもたちの面倒をみたりして、いつしか年を重ねます。オーナが老いを迎えるころ、アイルランドは大凶作にみまわれ、ついにオーナは自分の居場所をうしなってしまいます。
この「クリスマスの小屋」は、アメリカを代表する語り手、ルース・ソーヤーがアイルランドの旅で土地の語り手から聞いたものです。1941年にアメリカで出されたクリスマスの短編集『ながいクリスマス』に収められ、2005年には絵本にもなりました。このたび、岸野衣里子さんの描き下ろしの挿絵で日本語版が出されることになり、80年もの時をこえ、国をこえて生きつづけてきた本の命の不思議さをあらためて思います。
このお話が長いあいだ読みつがれてきた理由の一つには、逆境にありながら自分の家をもつという夢をあきらめず、明るく生きたオーナの芯の強さがあると思いますが、それ以上に深く読み手の共感をさそうのは、オーナの村人たちにたいする心のやさしさではないかと思います。わが親のように老夫婦のケアをし、わが子のように母を失った子どもを慈しみ、そのような暮らしに幸せをさえ感じるオーナの人間らしい心根に、人は共感し、癒されるのではないでしょうか。
私たちがクリスマスの絵本やお話でなじんできたのは、サンタクロースが贈り物を届け、家族が集い、親しいもの同士が手作りのものを贈りあう光景です。しかし、アイルランドやイギリスのクリスマスの本では妖精が日常の暮らしの中にいて、人を助けたり、ときにいたずらをしたりします。このお話でオーナは、毎日、オートミールとミルクを妖精のために出してやります。小さな当たり前の行為を重ねるオーナの暮らしですが、その温かく誠実な日々を見守ってきた妖精は、老いたオーナに小屋を造っておくります。アイルランドの妖精は、かつては日本でも信じられていた自然にひそむ精霊のように、雪や雨や風を自在にあやつる力をもっているように見えます。ふだんはコケの間で踏みつけられそうになったり、人の目のはしで一瞬の間にとらえられそうになったり、風もないのにうっかりシダの葉をゆらしてしまったり、人とはつかずはなれずの距離をたもっているのだといわれます。
この昔話をアイルランドの語り手から聞いたとき、ソーヤーはきっといろいろな想像を巡らせてたのしんだにちがいありません。そのときの気持ちが、この再話にはこめられているように思われます。昔話というより創作のように細やかに語られる細部を私はたのしみます。さいわいこの本では、ソーヤーと同じようにアイルランドの大好きな岸野さんが、見たこと聞いたこと全部をつぎこんで(スコーンの美味しさまでとおっしゃってますが)描いてくださっています。最初の頁のオーナを取りまく紫色の風鈴草や、背後の山や、ドニゴール辺りの村や海辺の小屋などを。ブラックソーンやヒースの花が咲き乱れるオーナお気に入りの場所を。自分の小屋に運び入れられるオーナの道具の数々を、パン用のよく切れるナイフは壁に、パンを焼くグリドルは暖炉にと。こうして見ているうちに、オーナの暮らしがだんだん身近に感じられてきます。
最後の、部屋を染める黄色いキャンドルは、いつも希望を捨てずにいたオーナを、またホワイトクリスマスの夜に「世の中の半分もの子どもたちを」迎えいれるオーナを、慈しみ、祝福しているように見えます。
上條由美子(かみじょう・ゆみこ)
1932年、山梨県に生まれる。1955年、東京女子大学文学部心理学科卒業後、1959年、渡米。ニュージャージー州ラトガース大学大学院図書館学校卒業。在学中より同州トレントン市立公共図書館児童室に勤務する。現在、大阪YWCA千里子ども図書室代表。翻訳に、『ちいさなもみのき』『ミリー・モリー・マンデーのおはなし』『ミリー・モリー・マンデーのともだち』『クリスマスのちいさなおくりもの』『クリスマスのりんご』(以上福音館書店)、『農場にくらして』(岩波書店)、『絵本を語る』(ブック・グローブ社)などがある。
2020.12.02