今月の新刊エッセイ|平野伸明さん『手おけのふくろう』
6月の新刊『手おけのふくろう』の作者・平野伸明さんは、動物雑誌「アニマ」で写真家としてデビューし、自然を扱ったテレビ番組の取材や書籍の執筆など、様々な活動をされています。手おけの中で子育てをするふくろうを描いたこの作品に寄せて、当時の新鮮な驚きや取材の裏話を語っていただきました。
私と『手おけのふくろう』
平野伸明
私は今も、初めて「手おけのふくろう」を見た時の感動を、忘れることができません。舞台は北国です。ある年、現地を訪ねました。古い民家の軒下に手おけがぶら下がっています。農家の家主さんに案内されて家の中の階段をあがり、二階の窓から手おけをのぞいたとたん、私は「あっ!」と声をあげました。なんと、まっ白なフクロウのヒナが三羽、じっとこちらを見ているではありませんか。なぜ、どうして手おけの中にフクロウのヒナたちがいるのでしょう。今も、その時の驚きを、はっきりと覚えています。それは、なんともふしぎな光景でした。
家主さんの話では、数年前、手おけを干すために二階の軒下に吊るし、あるとき、取り外そうと思ったら、中にフクロウのヒナがいて、とてもびっくりしたそうです。ヒナたちが巣立った後も、手おけをそのままにしておいたら、翌年からもフクロウがやってきて、子育てをするようになったとのこと。家主さんは、毎年、フクロウが来るのを楽しみにしながら、大切に見守っているそうです。
フクロウは、本来、木のうろなどに巣をつくります。夜行性で、とても警戒心が強く、人の気配がする場所の、しかも吊り下がった手おけの中でヒナを育てるなんて、聞いたことも見たこともありません。手おけの中は、とてもせまく、上もがら空きで、風や雨やときには雪が容赦なく吹きつけます。フクロウが子どもを育てる場所としては、とても条件がいいとは言えません。それでも、毎年、フクロウがここにやってきて、ヒナを育てるには、なにか秘密がありそうです。私は、その秘密に思いをはせてみました。
ふだん、私は、カメラを持って自然の中で生きものたちを撮影しています。『野鳥記』では、たくさんの野鳥のくらしを紹介し、『ブナの森は宝の山』では、ブナの森の四季と生きものたちを見つめました。また、迫力ある生きものたちの姿を動画で撮影し、それを「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」(NHK)などの自然番組で視聴者に伝えています。そして、今回は、ことばで「手おけのふくろう」を描写してみたいと思いました。私は想像力もふくらませながら、フクロウの夫婦のきずな、ヒナへの愛情、家主であるおじいさんのフクロウへの思いなどを、絵本の物語という形で子どもたちに伝えてみたかったのです。
絵本を創るべく、昨年の春、画家のあべ弘士さんと編集者と私の三人で、現地の農家さんとその周辺を取材しました。手おけの中では、ちょうど親鳥が卵を抱いていました。一番デリケートな時期だったので、主に双眼鏡を使っての観察となりましたが、あべさんもとても驚き、感心されて、さかんにスケッチを繰り返していました。やがて夕闇が訪れ、この家の中にあかりが灯りました。しばらくすると、獲物を捕まえたフクロウの父親が、母親の待つ手おけに向かって飛んでいきました。あべさんと思わず顔を見合わせ、とても神秘的でふしぎなものを見た気がしました。出来上がった絵本の絵を見ると、この時の取材やスケッチが見事に生かされています。こうして、絵本『手おけのふくろう』が出来上がりました。
今年も手おけの中では、フクロウのヒナたちが元気に育ち、無事、巣立っていったそうです。
平野伸明(ひらの・のぶあき)
1959年、東京に生まれる。1982年、動物自然雑誌「アニマ」で写真家としてデビュー。テレビ番組の取材にも携わり、アフリカ、アジア、ロシアなどをめぐる。1997年、映像制作会社「つばめプロ」を設立。NHKの自然番組「生きもの地球紀行」や「ダーウィンが来た! 生きもの新伝説」「さわやか自然百景」などを手掛ける。主な著書に『小鳥のくる水場』『チョウゲンボウ・優しき猛禽』(以上、平凡社)、『野鳥記』『ブナの森は宝の山(品切)』(以上、福音館書店)、『身近な鳥の図鑑』(ポプラ社)などがある。
2017.07.10