あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|富安陽子さん『オニのサラリーマン じごくの盆やすみ』

今回ご紹介するのは、6月に発売されたばかりの新刊『オニのサラリーマン じごくの盆やすみ』。地獄カンパニーに勤める妻子持ちの赤鬼サラリーマン、オニガワラ・ケンが大奮闘する人気シリーズ待望の第三弾、今度の舞台はお盆の地獄です。エッセイでは、作者の富安陽子さんが、なんとも驚きのシリーズ誕生秘話を語ってくださいました。

ひょうたんからオニ

富安陽子

『オニのサラリーマン』というタイトルをご覧になった方の中には、「どうして、オニがサラリーマンなんかに?」と、不審に思われた方もいらっしゃることでしょう。でも実は、一口に鬼と言っても、その有り様(よう)は様々で、人間が角を生やして鬼に変化(へんげ)したものもあれば、大江山あたりで酒盛りに興じる鬼もあり、はたまた、亡者たちの見張り役として地獄でせっせと働く鬼たちだっているわけです。この絵本の主人公は、毎朝満員バスにゆられて地獄に出勤し、閻魔大王のもとまじめに働く一ぴきの赤鬼です。言わば、鬼社会のサラリーマン。

この赤鬼と私が初めて出逢ったのは今から五年程前の初夢の中でした。夢に出てきた赤鬼は、どうやら今からどこかに出勤するらしく、愛妻弁当を妻から手渡され、二ひきの子鬼に「お土産、買って来てね」などと言われながら家を出ていくのです。赤鬼がバス停で乗りこんだバスの行き先が地獄とわかって、私は得心しました。
そうか! 赤鬼は地獄に勤めているのか。地獄が、この赤鬼の勤務先なんだ!・・・・・・と。
果たしてバスから降りた赤鬼は、まっすぐに閻魔大王のもとに挨拶をしにいって、その日の仕事を割り振られました。その日の赤鬼の担当は、血の池地獄の見張り。血の池のほとりにはプールの監視員用の椅子みたいなものが置いてあり、赤鬼はその椅子に陣取って、亡者たちを監視するようでした。しかし、亡者たちは勝手気儘に振舞って、ちっとも赤鬼の言う事を聞きません。疲れ切った赤鬼は愛妻弁当を食べると、つい、うとうと・・・・・・。
というような、かなり完成度の高い夢を見ましたので、これは絵本にしなくては・・・・・・と一気に書き上げたのが、シリーズの一冊目、『オニのサラリーマン』です。
もちろん一冊目を書いた時には、これがシリーズになるなどと夢々思ってもみませんでした。「夢から出たまこと」とでも言いましょうか、「ひょうたんからオニ」と申しましょうか、ぽっかり授かったお話でしたから、一話限り、一冊限りの絵本と思っていたのですが、さて、画家の大島妙子さんが絵を仕上げて下さると、なんと赤鬼が名刺を持っていたのです。赤鬼の名は『オニガワラ ケン』。「サラリーマンといえば、名刺だと思って・・・・・・」という大島さんのアイデアだったのですが、おかげで赤鬼には名前がつきました。不思議なもので、主人公が名前を持つと、物語が動き出します。ここではないどこかに、オニガワラケンという名の赤鬼がいるわけですから、もっと、そのオニガワラさんのことを知りたくなってしまいます。
それで、オニガワラさんが、出雲の神つどいの会場警備に借り出されるシリーズ二作目『しゅっちょうはつらいよ』が生まれ、今回は三作目『じごくの盆やすみ』を出版するはこびとなりました。お盆ともなれば、地獄の釜のふたも開き亡者たちも、この世の迎え火を目指して皆、里帰りをいたします。極楽方面からこの世に帰省してくる方たちもおられますから、あの世バイパスのこの世インターチェンジ付近は大渋滞。そして、空っぽになった地獄ではオニガワラさんたちが・・・・・・。

あとは、読んでのおたのしみ。オニのサラリーマンを、どうぞよろしく。


◎オニガワラ・ケンがtwitterをはじめました! https://twitter.com/Onigawara_Ken



富安陽子(とみやす・ようこ)
1959年、東京生まれ。高校在学中より童話を書きはじめた。おもな作品に『やまんば山のモッコたち』(福音館書店)、『クヌギ林のザワザワ荘』(あかね書房)、『盆まねき』『絵物語 古事記』(以上偕成社)、「菜の子先生」シリーズ・「菜の子ちゃん」シリーズ(以上福音館書店)、「ムジナ探偵局」シリーズ(童心社)、「シノダ!」シリーズ(偕成社)、「内科・オバケ科 ホオズキ医院」シリーズ(ポプラ社)、「やまんばあさん」シリーズ・「妖怪一家九十九さん」シリーズ(以上理論社)、「サラとピンキー」シリーズ(講談社)など。絵本の仕事に「やまんばのむすめ まゆのおはなし」シリーズ(福音館書店)など。ほかにエッセイ集『童話作家のおかしな毎日』(偕成社)などがある。

2019.07.03

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