今月の新刊エッセイ|野坂悦子さん『ばらいろのかさ』
今回ご紹介するのは、6月の新刊『ばらいろのかさ』。「みずたまエプロン」というカフェをひとりで切り盛りする若い女性が主人公の、可愛らしいカナダ生まれの絵本です。エッセイでは翻訳を手がけた野坂悦子さんが、ご自身行きつけのカフェにまつわるエピソードとともに、絵本の魅力を紹介してくださいました。
カフェをめぐる物語
野坂悦子
「まずは読んでみてください」と、ある日、絵本編集部からフランス語の原書が届きました。タイトルは『Rose à petits pois(水玉もようのばら色)』。美しい表紙を開くと、始まったのは主人公アデルのカフェ「みずたまエプロン」を舞台にした物語。初めて手にする本なのに、なぜか知っている。どうしてだろう?……店全体がばら色の、一軒のカフェのことを思い出して、私はハッとしました。川崎市内にあるそのカフェは「メゾン ポンポワ」といいます。Wさんという若い女性が6年前に始めた小さなカフェで、場所はわが家の近くの商店街のなか。私もフランスに数年住んだ経験があり、リヨンでパン作りの修行をしてきたWさんとはすぐに意気投合しました。ポンポワに、私の友人の翻訳家や絵本作家を招いて、トークや原画展を何度か行ったこともありました。
アデルが開いているカフェ「みずたまエプロン」も、ただのカフェではありません。水曜日には、やおやのリュカが市場から果物や野菜を運び、そこで出店を開きます。土曜日は映画を見せる日。ほかにも、おもしろい集まりがあるようです。
アデルは店に出る前に、みずたまエプロンをきゅっとしめ、ばらを一輪、髪にさすような人です。楽しみの少ない海辺の村と、その近くに住む人たちにとって、アデルのカフェは日々をつくるリズム、出会いの場所。お客さんは、ほんの少し自分を解放できる場を求めて集まってくるのでしょう。アデルにとってもカフェは生きがいなのですが、ただひとつ、悩みの種が「雨」。雨の日はふさぎこんでしまいます。そんなアデルの店に謎の忘れ物が続き、それが自分への贈り物だとわかったとき、アデルは大切な人の存在に気がつくのです。
パステルの絵に彩られた、素朴な愛の物語には、おとぎ話の空気があります。アデルのキャラクターがまた独特で(働き者の猫のよう!)、みんなの居場所をつくるため、がんばっている姿を応援したくなります。
そんなアデルとWさんに共通点があるとすれば、それは「人と人がつながる場としてのカフェを、なんとか続けていきたい」という願いだと思うのです。
ポンポワという店名の由来を、改めて聞いてみました。ポンは「橋」、ポワは「水玉、豆」の意味で、「地元への『架け橋』になれば」と考えて造った言葉だといいます。そう聞いて、私がアムステルダムへ行くたびに立ち寄るカフェのことが、頭に浮かびました。「Welling(ウェリング)」は、H.B.G.ウェリング氏が正式に商売を始めてから、今年でなんと100年。地元の女性が気軽に入れるカフェとして、また音楽家や作家のたまり場、コンサートの会場として息長く愛されています。この店を見ていると、カフェはそこに通う常連によってもつくられるのだと、実感させられます。
「憲法カフェ」、「絵本カフェ」……いま、全国にカフェと名のつく場がたくさん作られています。それは孤独が深まるこの時代に、ゆるやかに人と人をつなげていけたらと思う人たちが大勢いるからでしょう! そしてカフェは、その場に通う人たちがいてこそ意味を持つもの。実は私も2年前から、東京・神保町の「ブックハウスカフェ」で、「紙芝居カフェ」を開いています。次回は6月最後の土曜日。「みずたまエプロン」のような気づかいはできませんが、よろしければ心を遊ばせにきてください。
1枚目の写真:川崎市内にあるカフェ「メゾン ポンポワ」
2枚目の写真:アムステルダムのカフェ「ウェリング」
野坂悦子(のざか・えつこ)
東京に生まれる。1985年より5年間ヨーロッパに住み、帰国後は海外の子どもの本の紹介に力を注ぐ。『おじいちゃん わすれないよ』(金の星社)で、2003年に産経児童出版文化賞大賞を受賞。『第八森の子どもたち』(福音館書店)など多くの翻訳を手がける。創作絵本に『カワと7にんのむすこたち クルドのおはなし』(福音館書店)など。紙芝居を世界に広める活動もしている。川崎市在住。
2019.06.05