今月の新刊エッセイ|木村有子さん&出久根育さん『クリスマスのあかり』
今回ご紹介するのは、今年10月に刊行された翻訳童話『クリスマスのあかり チェコのイブのできごと』。チェコに住む少年のクリスマスイブのちいさな冒険を描いた心温まる物語です。エッセイでは、訳を手がけた翻訳家の木村有子さんと、挿絵を手がけた画家の出久根育さんが、物語の舞台であるチェコの実際のクリスマスの様子を、実体験を交えて語ってくださいました。
子どものころに見たチェコのクリスマス
木村有子
今のチェコが、チェコスロヴァキアという国だったころ。小学校3年生の私は初めて外国暮らしを経験しました。12月のある日のこと。家族で散歩していると、大勢の人だかりがしています。近づくと、大きないけすに鯉が入っていました。さらに驚いたのは、魚屋さんは網で鯉をすくうと、木づちで鯉の頭をコツンとやってから新聞紙にくるんで、お客さんに次々売っているではありませんか。チェコでクリスマス料理といえば、鯉のフライとポテトサラダが欠かせないということが、あとからわかりました。
そして、クリスマスが近づくと、森から切り出された大小のもみの木が広場に並びます。家に持ち帰って、みんなでもみの木に飾りつけをします。また、この時期にチェコの家庭を訪ねると、甘い香りが漂ってきます。夜ごと子どもも手伝い、たくさんの種類のクッキーを焼き、お隣におすそ分けをしたり、家族がクリスマスに食べるために保存します。
小学校1年生の主人公フランタが、小さな冒険をする話『クリスマスのあかり』を翻訳するうちに、私が子どものころに経験したチェコのクリスマスを思い出しました。
ピアノの先生と演奏した讃美歌のメロディーや、大きなクリスマスツリーのかざりつけ、ろうそくのともった静かであたたかな部屋、チェコのおじさんとおばさんにもらった大きなクマのぬいぐるみ……。
『クリスマスのあかり』の主人公フランタが、クリスマスをどんなふうに心待ちにしていたのか、どんなできごとがあったのか、みなさんも一緒にページをめくってみませんか。
静かなチェコのクリスマス
出久根 育
クリスマスというと日本の皆さんは、赤い服に白いお髭のサンタさんが、トナカイの引いたソリに乗って空からやってくる姿を思い浮かべることでしょう。『クリスマスのあかり』の舞台であるチェコ共和国では、皆さんの知っているクリスマスとはすこし違います。プレゼントを抱えてやってくるのは、幼な子イエス様。そのため、オーナメントで飾り付けられたツリーにろうそくをともし、イエス様の足下を明るく照らしてあげます。そして、この時を心待ちにしていた子どもたちは、ツリーの下に置かれたプレゼントをクリスマスの日に開けるのです!
私のチェコ暮らしも16年が経ちました。クリスマスで一番好きなのは、イブの夜に近所の街を散歩することです。ささやかに飾られた家々の窓辺にはろうそくが灯されて、白く曇ったガラスがほんのりと明るみ、通りを歩く人もほとんどいなくてとても静かです。そして、夜の11時頃から始まるミサに出席するため、近くの教会へ出かけます。家族水入らずのクリスマスディナーを囲んだ後の地元の人々も集まってきます。神父様がキリスト誕生のお話をして、みんなで讃美歌を歌い、ミサの最後にはいつも、隣人と仲良く助け合い、翌年もまた互いが幸せに過ごせますようにと願いを込めて、隣前後の人たちと握手をするのです。教会の中は温かさに満ちて厳かで、心が清らかに鎮まってゆくのを感じます。
昨年チェコで挿絵を描いた『クリスマスのあかり』を、木村有子さんの語りかけるような優しい日本語訳で、日本の皆様にもお届けできることになりました。主人公フランタくんの愛らしさとチェコのクリスマスを感じていただけたら嬉しいです。
木村有子(きむら・ゆうこ)
東京生まれ。幼いころチェコのプラハに暮らし、3年間現地の小学校に通う。大学卒業後、プラハ・カレル大学に留学。以後、チェコ映画の字幕翻訳をはじめる。現在は、チェコの児童書の翻訳、エッセイ、通訳、講演等を通して、チェコ文化を日本に紹介している。訳書に、『こいぬとこねこのおかしな話』『金色の髪のお姫さま チェコの昔話集』(岩波書店)など多数。東京都在住。
出久根 育(でくね・いく)
東京生まれ。武蔵野美術大学油絵科版画専攻卒業。グリム童話『あめふらし』(偕成社)でブラチスラヴァ国際絵本原画展グランプリ受賞。絵を手がけたロシア民話『マーシャと白い鳥』(偕成社)が日本絵本大賞、『もりのおとぶくろ』(のら書店)が産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞。絵本、挿絵作品多数。2002年よりチェコのプラハ在住。
2018.12.03