今月の新刊エッセイ|東 直子さん『そらのかんちゃん、ちていのコロちゃん』
今月ご紹介するのは、東直子さんの新刊創作童話『そらのかんちゃん、ちていのコロちゃん』。雲の上の国にすむかんちゃんと地底の国にすむコロちゃんがひょんなことから仲良くなって一緒に不思議な国々を冒険する楽しいお話です。エッセイでは東さんが、物語が生まれるきっかけとなった幼少期のエピソードから作品のみどころまで、たっぷりと語ってくださいました。
土を、空を、
東 直子
こどものとき、じっとしているのが好きでした。好き、というより、意識が止まって自然にそうなっていることが多かった、と言いかえた方が正確かもしれません。でも、こどもが家でじっとしていると、大人の人に「こどもは外で元気に遊ぶものだ」と、家から追い出されます。それでお友だちと、なんとなくブランコをしたり、シーソーをしたり、砂場で山を作ったりしたのですが、いつのまにかまたじっとしてしまうのです。
そういうときなにをしているのかというと、じっと見つめていました。土を、空を、川を、木々を。それらは、なんて不思議なんだろう、と思ったのです。この「なんて不思議なんだろう」感覚を抱いたまま、さっきまで遊んでいたブランコやシーソーや砂場を眺めると、「なんて不思議なんだろう」と思えて仕方がなくなりました。そのうち、土の下にも、空の上にも、川の中にも、木の幹の中にも、ブランコや、シーソーや、砂場のある世界があるに違いない、と思うようになったのです。
私はある日、スコップを持って、一心に土を掘りました。土の下にも絶対に別の世界——地底の国があるに違いない、地面を掘り続ければ、きっとそこに辿り着けるに違いない、と思って。……しかし、目的は果たせませんでした。スコップしか使えないこどもの力には、限界があったようです。物理的に別の世界に行くのは無理だと察知した私は、ふたたびいろいろなものをじっと見つめました。見つめながら、自分の頭の中で、見えていない場所にあるはずの、別の世界へ思いをめぐらしたのです。土の下の、空の上の、川の底の、木の幹の中の世界について。
あのころの空想癖を使って、今もいろいろなものを書いていますが、『そらのかんちゃん、ちていのコロちゃん』は、そんな、こどものときに想像したことと直結しています。最初にこの物語を発表したのは、「母の友」の「こどもに聞かせる一日一話」の企画でした。お母さんが寝る前にお子さんに読んであげる小さなお話、ということで、空の上に住んでいるこどもと、地底の国に住んでいるこどもが、出会うシーンを思いつきました。地底の国で出会ったふたりは、一緒に空の上の国で遊んで、つめたい氷の国にも行って、それから、それから……、と、世界を広げていきました。自分がこどもだったら、こんな話をおかあさんにしてもらえたらうれしいだろうなあ、と思いながら、こどもだった自分に話しかけるように書いていました。
なにより楽しかったのが、それぞれの世界でのアイテムを考えることです。地底の国、空の上の国、氷の国、それぞれの世界にありそうなものから、食べ物や、ベッド、遊び道具など、あったらいいなあ、と思うものが次々に浮かんで、その味や形や色や感触を想像しながらすっかりこどもの心に戻って、わくわくしていました。そんなアイテムたちをはじめ、かんちゃん、コロちゃんのいる世界を、及川賢治さんがたくさんのすてきな絵で再現して下さり、感激で胸がいっぱいになりました。絵の中のみんなは、ほんとうに自由で、たのしそうで、かわいくて、風景も美しくて、すべてが愛おしいです。
本物の地底の国には行けませんでしたが、この本を開くと心はいつでも地底の国に行けます。かんちゃんやコロちゃんたちと一緒に、不思議な世界で存分にわくわくしてもらえたら、とてもうれしいです。
東 直子(ひがし・なおこ)
1963年、広島県生まれ。歌人、作家。1996年「草かんむりの訪問者」で第7回歌壇賞受賞。2006年『長崎くんの指』(のちに『水銀灯が消えるまで』)で小説家としてデビュー。歌集に『十階』(ふらんす堂)、小説に『とりつくしま』(ちくま文庫)、『薬屋のタバサ』(新潮文庫)、『らいほうさんの場所』『トマト・ケチャップ・ス』(以上講談社文庫)、『晴れ女の耳』(角川文庫)、エッセイ集に『千年ごはん』(中公文庫)、『鼓動のうた』(毎日新聞社)、『いつか来た町』(PHP文芸文庫)、絵本に『あめ ぽぽぽ』(くもん出版)、『ぷうちゃんのちいさいマル』(岩崎書店)、共著に『回転ドアは、順番に』(ちくま文庫)、『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)など多数。2016年『いとの森の家』(ポプラ社)で第31回坪田譲治文学賞受賞。
2018.10.02