今月の新刊エッセイ|安野光雅さん『かんがえる子ども』
今月、新刊エッセイを寄せてくださったのは、『かんがえる子ども』の著者である安野光雅さん。物語を読者の想像に委ねる、文字のない絵本を多く生み出してきた安野さんですが、『かんがえる子ども』では、考えることそのものについて文章で綴っています。今回のエッセイでは、子どもと創造力について語っていただきました。
子どもと創造力
安野光雅
ある画家がいました。彼の作品は誰が見ても有元利夫を思い出さずにはおきませんでした。ところがある日、彼の作品が賞をとったので問題になりました。模写はしてもいいのです。また恥ずかしくなければその作品で展覧会を開いてもいいのです。しかし、それを売ったり、受賞したりすると、そのとき問題になります。それは、その作品が公に認知されたことになり、後に有元利夫が真似をしたのかもしれないという逆の解釈がなりたつかもしれないからです。
有元さんの担当をしていた人が、「なぜ真似をするのか」と談じこみました。すると、その画家は「有元さんの絵こそ、絵だとおもってきた。彼から絵を学んだ。わたしの絵が彼の作品に似たとしても、彼のいない絵を描くことはできない」という意味のことを言ったといいます。交渉に行った人は、開いた口がふさがらず、説得する力もないといって嘆きました。
わたしは受賞を辞退すればよかった、と思いました。
真似をするのは、勉強中のことです。本人以上の絵が描けたとしても、真似していると人が思えば、その仕事はゼロになります。ゼロです。
ここのところは非常に大切です。創造するということはこれまでなかったことを、はじまりのところにもどって、ゼロからはじめることです。理想的にはそうですが実際には、絵に例をとると、絵の具を作るところからはじめるのはむりです。だから「付け加える」だけでもいいと思うことにしましょう。
創造は模倣の反対語です。子どもは模倣することによっておおきくなっていきます。例えば本物の電話機で電話をかけている真似をします(〝相手の声が電話を通して聞こえてくるのだ〟ということを、子どもが知らない頃のことです)。電話機を耳にしたまま、ときどき「おほほほ」と笑い声をだします。笑い終わるとまた「ぶつぶつ」とつぶやいているのです。この模倣の演技は気の毒になるくらい真にせまっています。
お手伝いさんが、足で扇風機のスイッチをいれているのを見ていた赤ちゃんが扇風機のまえまでハイハイしていくと、くるりと向きを変えて自分の足で扇風機のスイッチを入れようとするのを見て、感動したことがあります。
言葉もそうです、日常のほとんどのことを赤ちゃんはだまって見ているけれど、「そうするものなんだ」と真似しておぼえようとしているのです。
創造は摸倣の反対ですが、千の摸倣からひとつの創造がうまれるほどに、創造することは大変です。どのようにすれば創造ができるのか、その方法は誰にもわかりません。もしその方法がわかれば、わたしたちは何の苦労もないことになります。
どんな小さなことでも、何かひとつでも自分で付け加えることができれば、創造です。子どもの暮らしをみていて、はじめての経験は多分に創造的です(的の字付け加えていることに注意してください)。さきに書いたように、子どもは摸倣の世界に住んでいながら、創造力にもとんでいます。日々新しい世界を経験しているのですから、創造的な目でものを見ているにちがいないと思います。
わたしも、子どもの時、偉大な創造力を発揮したことがあります。それは「トイレに入ったら電灯がつき、出ると消える。しかも昼間のように明るいうちは消えたりついたりしない」。なんという、素晴らしい創造力でしょう。説明が厄介ですから詳しくはかきませんが、単純なしかけなので、わかったら笑い出す人があるかもしれません(これはトイレのドアと、電灯のひもを結びつけたにすぎません。今は進歩して、人の気配でついたり、消えたりする電球ができています)。
創造力をのばすことはわたしたちの念願ですが、それは容易ではありません。創造とは、ほんとうに厳しいものです。
安野 光雅(あんの・みつまさ)
1926年、島根県津和野町に生まれる。山口師範学校研究科修了後、約10年間教師を務める。1968年、初めての絵本『ふしぎなえ』を出版。1974年芸術選奨文部大臣新人賞受賞。その後、ケイト・グリーナウェイ賞特別賞(イギリス)、最も美しい50冊の本賞(アメリカ)、BIB金のりんご賞(チェコスロバキア)、国際アンデルセン賞、菊池寛賞など、国内外の数多くの賞を受賞。2012年には、文化功労者に選ばれた。2001年故郷津和野町に「安野光雅美術館」、2017年京丹後市に「森の中の家 安野光雅館」開館。
2018.07.04