『絵で読む 子どもと祭り』ができるまで|第9回 安波祭(福島県福島市と双葉郡浪江町)
「たくさんのふしぎ」400号は、絵本作家の西村繁男さんが描く『絵で読む 子どもと祭り』。こちらの連載では、4年間かけて西村さんと全国9ヶ所の祭りを取材した担当編集者が、数千枚のなかから選りすぐった写真とともに、絵本の裏側を紹介します。 第9回は、福島県福島市と双葉郡浪江町で行われている「安波祭」です。
第9回 安波祭(福島県福島市と双葉郡浪江町)
最後に紹介するのは、福島県浪江町の「安波祭」です。こちらの祭りには、2016年2月、2017年2月と8月の3度、取材に伺いました。福島県浪江町は、2011年3月11日の東日本大震災で甚大な被害を受けました。祭りが行われていた海沿いの請戸地区は津波に襲われ、福島第一原子力発電所の事故により町の人たちは避難生活を余儀なくされました。しかし、安波祭とそこで奉納される子どもたちによる田植踊りは、震災の翌年から、二本松市や福島市の仮説住宅で続けられてきました。
写真は、浪江町請戸地区の避難指示が解除され、2017年8月、震災前に安波祭が行われていた「くさ野神社」のあった場所で、田植踊りが奉納された時の様子です。踊り手たちは、この日の踊りのために、生活をしている関東や東北各地から、浪江町に集まってきました。担当者は別件で、取材に同行できませんでしたので、西村さん一人で、取材にいってくださいました。写真は西村さんが撮影されたものです。奥に見えるのが、津波に流されてしまったくさ野神社の仮社殿です。田植踊りは、本来16名での踊りです。この日の踊り手6名は、踊りが成りたつギリギリの人数だそうです。この取材をへて描かれたのが次の絵です。
踊り手たちが指につけている赤と白の飾りのようなものは、「四ツ竹」と呼ばれる踊りの道具です。手のひら側は木でできていて、踊りに合わせて、カチカチと打ち鳴らします。脇で見守る、踊り手のお母さんたちの手元を見てください。お母さんたちも同じものを指につけています。このとき、踊り手6人だけではさみしいのではないかと、お母さんもいっしょに四ツ竹を鳴らして、踊りをもりたてながら、子どもたちを見まもっていたそうです。とても細かなことですが、ここに、子どもたちへの親の気持ちを感じずにはいられません。
こちらの写真は、震災前の祭りの写真です。田植踊りを子どもたちに教えてこられ、震災後の田植踊りの再開に尽力されてきた佐々木繁子さんにかして頂いたものです。津波によって、佐々木さんが持っていた写真はすべて失われてしまいました。佐々木さんは2011年5月、地元の新聞を通して、震災前の安波祭の写真を持っている人を募りました。そうして、送られてきた貴重な写真です。くさ野神社の前で、田植踊りを奉納しているところです。上の絵の上段は、震災前に撮られた20枚ほどの写真と、佐々木さんのお話と組み合わせて描いたものです。上段右上の神社と、下段の仮社殿はほぼ同じ角度で描かれています。
取材では、佐々木さんから、震災をはさんでどのように祭りを続けてこられたのか、詳しくお話を伺いました。震災の前、踊り手たちといっしょに、わいわいおしゃべりをしながら、請戸地区を踊って回ったこと、歩き回るだけでも大変で、いつも足が痛くなったこと、祭りの時に食べる目の前の海でとれたナメタガレイの煮付けが美味しかったこと、原発事故による避難生活のこと、そして、佐々木さんが各地に住む子どもたちに呼びかけて、田植踊りが再開されたときのこと、津波で流失した踊りの道具類を準備するまでのこと、いろいろなお話を聞かせてくださいました。
佐々木さんのお話を聞きながら、自分がその境遇にたたされたらどうだろうと想像するだけで、胸が一杯になりました。祭りを支えてきた人たちのご苦労を、私の言葉で書ききることは到底できません。しかし、西村さんは、取材で見聞きしたものを、ひとつひとつ丁寧に積み重ねるように描くことで、この祭りに関わってきた方々の大切にされてきたものを、なんとかすくいとろうとされているのだと感じます。6年ぶりに故郷で踊りを奉納する日を、子どもたちをはじめ祭りに関わってきた方々が、どんな気持ちでむかえたのか。それをあらわすひとつの絵が、お母さんたちの持っている四ツ竹なのです。
こちらの写真は、2016年2月仮設住宅での田植踊りです。佐々木さんは、「子どもたちの踊る姿からどれほどの力をもらっているかわかりません」と取材でおっしゃっていました。もしかしたら、ここで踊りを見ている人たちも同じ気持ちなのかもしれません。
世代と時間をこえて人々をつなぐ「祭り」
今回の取材をとおして、担当者が感じたのは、祭りは子どもからお年寄りまで、あらゆる人たちをつなぐものだということです。どの祭りの取材でも、ふだんあまり関わり合いのない子どもと大人が、祭りについてなら、自然に話している姿を目にしました。違う年代に生まれ、違う生活をしてきた人たちが、大勢で同じように共有できるものが、私たちの回りにどれほどあるでしょうか。時間の淘汰に耐え、何世代にもわたって、同じ地域で続けられてきた祭りだからこそ、あらゆる人たちがひとつに集い、同じ喜びを共有できるのだと思います。
『絵で読む 子どもと祭り』で西村さんが描いた人数は、なんと2427名(編集部調べ)にのぼります。輪郭だけの人もいますが、2427人大半の服装や行動が描きわけらています。西村さんは取材中、「ぼくが描きたいと思っているのは、”ひとびと”なんだよ」とよくおっしゃっていました。「いろいろな人たちがいて、いろんなの生き方があって、そのこと自体がおもしろいことだなって思うんだよね」。2014年9月から続いた取材では、たくさんの人に出会い、いろいろなお話を聞かせて頂き、多くの人たちを観察させて頂きました。いろいろな人がいて、いろいろな生活をしている。それぞれの場所で、それぞれの思いを込めて、祭りは行われている。どの人にも、それぞれの生き方があり、それぞれが大切にしているものがあるという当たり前のことが、西村さんの絵を見ていると、なんともかけがえのないものに思えてきます。
とはいえ、小学生に、そんな小難しいことを教えようと考えて、この本ができたのではありません。ある時、西村さんに、この絵本のどんなところを子どもたちに楽しんでもらいたいですか?と聞きました。その答えは、「各場面に描かれている、風呂敷をせおっている猫「こきち」を探すのを楽しんでもらえれば」。そうなのです。こきちをさがすのもよし、こんな祭りがあるのか、ほおーと読むのもよし、民俗学的や社会学的に読み込むのもよし。子どもから大人まで、それぞれの読み方でこの絵本を楽しんで頂けるのが一番うれしいことです。全国を取材してまわり、考えて考えて作られたのは、あらゆる読み方をして頂ける広くて深い本にするためなのです。そうしてできた『絵で読む子どもと祭り』が、取材をした祭りのように、あらゆる世代と時間をこえて、読者のみなさまに読み継がれていく作品になってくれたらいいなあと、担当者は心から願っている次第であります。
そして、「たくさんのふしぎ」編集部では、新しい絵本の製作に日々勤しんでおります。私たちのまわりには、まだまだたくさんの「ふしぎ」があります。どんな作品が届くのか、これからもどうぞお楽しみに!
2018.07.04
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