作者のことば 森 洋子さん『おるすばん』
あっちゃんは、初めてひとりでお留守番することになりました。しんとした静けさの中、急に台所の料理道具や野菜たちが踊り始め……。お留守番という特別な時間に起こる、不思議で美しいファンタジー『おるすばん』。作者の森洋子さんの幼少期の思い出が作品の元になっているといいます。ハードカバー化を記念して、初出「こどものとも」2013年2月号の折り込み付録に寄せられた、森さんのエッセイを再録してお届けいたします。
おるすばん
森 洋子
一人っ子の私は母の都合によっては一人でおるすばんということになりました。冬の、日の短い自分にはすぐに暗くなります。薄暗い部屋に耐えかねて電灯を付けるとかえって影がくっきりとして、そこに何かが潜んでいるように感じられます。窓の外は真っ黒でカーテンを引きにいく勇気も出ません。家の外に耳を澄ますと、かすかにピアノの音が聞こえます。それも鳴り止むともう世界に自分しかいないような気持ちになります。喉が渇いてきても真っ暗で何がいるか分からない台所にはどうしても行くことができません。ついに背中を部屋の空気に晒していることもできなくなり、こたつにもぐることとなります。頭まですっぽり入れないと危険です。こたつの中は安心かというとそうでもなく、赤外線こたつの赤の世界です。自分の足も手も服や布団の模様も色を失い、一緒に入った人形たちも生気なくぐったりして頼りになりませんでした。あっちゃんように勇敢ではなかった私はそのままじっと耐え、ついには帰ってきた母に引っぱり出される始末でした。やはりきっとこたつの外ではお鍋やヤカンが踊っていたのだと思います。
かつて「おもちゃのチャチャチャ」を歌っていると窓辺に人形がひとつずつ増えていきました。父と母の連携プレーで幼い私が気づかないうちに人形を並べていったのだと思いますが、それは確かめようもありません。
隣の部屋で子どもがお人形ごっこをしていると子ども二人のはずが何人もの声が聞こえてきます。子どもの身近な道具や人形たちは歩いたりしゃべったりしがちなのです。
森 洋子(もり ようこ) 1959年、東京生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科卒業。同大学院修了。絵本に『まよなかの ゆきだるま』、『さがしもの』(「同」2015年10月号)『おまつり』(「同」2017年9月号)『あめのひの ぼうけん』(「同」2021年6月号)『げたばこマンション』(「同」2024年10月号/以上、福音館書店)、『かえりみち』(トランスビュー)『ぼくらのひみつけんきゅうじょ』(PHP研究所)『空想化石はくぶつかん』(学校法人城西大学出版会)『月の見ていたこと』(書肆森洋子)などがある。
2024.12.18