あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|石津ちひろさん『どきどきキッチンサーカス』

『くだもの だもの』をはじめとする、石津ちひろさんと山村浩二さんによる大人気「言葉遊び絵本」シリーズ。その第4弾となる『どきどきキッチンサーカス』が10月、刊行となります。果物たちの海水浴、野菜たちのマラソン大会(『おやおや、おやさい』)、お菓子たちの運動大会(『おかしな おかし』)に続く今作では、台所用品たちが主人公となって愉快なサーカスを繰り広げます。文章を担当された石津ちひろさんに、今作誕生の舞台裏をエッセイで寄せていただきました。

キッチンサーカスが 開幕されるまでのどきどき

石津ちひろ



まもなく刊行される予定の『どきどきキッチンサーカス』は、山村浩二さんとの、言葉遊び絵本シリーズ第4弾にあたるものです。
このシリーズが始まったきっかけは、編集者の方との何げないお喋りでした。「なにかお好きなもの、ありますか?」とたずねられ、「果物かしらね……」と答えたところ、「それなら、果物を使って、言葉遊びやお話を考えてみませんか?」と、かなり自由度の高い依頼を受けたのでした。
こうして誕生したのが、第1弾の『くだもの  だもの』だったのです。私の提出した原稿はというと、「かいすいよくには いかない スイカ」「めいろに はいる メロンを とめろ!」といった、きわめて単純な〈ことば〉ばかり。全体の構成については、深く考えていませんでした。
これらの〈ことば〉の中から取捨選択し、果物たちに命を吹き込んでくださったのは、山村浩二さんでした。山村さんは、それぞれの果物の個性を尊重しつつ、私の〈ことば〉をもとに、絵本の流れを(さながら映画監督のごとく)作り上げてくださったのです。それは、『おやおや、おやさい』や『おかしな おかし』においても、同様でした。


そしていよいよ、キッチン用品に登場してもらって、第4弾を作ろうということになりました。彼らにのびのびと活躍してもらうには、どのようなシチュエーションを用意すればいいのでしょう? まずは、いつものように〈ことば〉を考えて、そのあと、彼らを活かしてくれる場所を探るしかありません。
ところが、果物や野菜やお菓子とは勝手が違って、面白味のある〈ことば〉がまるきり浮かんでこないのです。キッチン用品が無機的なものだからでしょうか? 「よし! ならば、しょうがない」と、私は奥の手を使うことを決意いたしました。そう、〝動く書斎〟にて、じっくり案を練ろうというものです。
ちょうどそのころ福岡での講演の仕事が入っておりました。私は飛行機ではなく、あえて新幹線で現地に向かうことにしたのです。品川から博多までは、およそ5時間。その間に『キッチンサーカス』の〈ことば〉をできるだけ書いてしまおうという算段でした。担当編集者にも「新幹線で考えてくるから」と、宣言しておいたのです。
結局、玄米おにぎりをほおばりながら、車窓から富士山を眺めながら、私は〈ことば〉を練りつづけました。最初にひらめいたのは、「あわててとうじょう あわたてき」。つづいて「さらが さらりと ちゅうがえり」。三つ目の「たわしが わになり わなげする」まで考えたところで、私はようやくひと安心。キッチン用品たちの活躍の舞台は、サーカスだったのだ! ──そんなふうに、確信が持てたのでした。
そうです。この『どきどきキッチンサーカス』を何とか無事に完成させることができたのは、 〝無機的な〟新幹線と、そして 〝無敵な〟山村浩二さんのお陰なのです。

石津ちひろ (いしづちひろ)
●1953年、愛媛県生まれ。早稲田大学仏文科卒業。3年間のフランス滞在を経て、絵本作家、翻訳家、詩人として活躍中。絵本に『くだもの だもの』『おやおや、おやさい』『おかしな おかし』(以上、福音館書店)、『バレエのおけいこ』(ブロンズ新社)、『あのねこは』(フレーベル館)など。訳書に『あおのじかん』(岩波書店)、『マイロのスケッチブック』(鈴木出版)など多数。

2022.10.11

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