作者のことば ねじめ正一さん『ずんずんばたばたおるすばん』
子どもにとって留守番は、いつもの家に自分だけしかない非日常感がうれしい反面、ちょっとさびしく不安なものでもありますよね。でもそんな留守番も動物たちが一緒だったら……と、作者のねじめ正一さんがイメージをふくらませてできたのが、『ずんずんばたばたおるすばん』です。
月刊誌刊行時に人気だったこの作品。待望のハードカバー化を記念して、当時の折り込みふろくに掲載された「作者のことば」をお届けします。
楽しいるすばん
ねじめ正一
私が生まれた時から我が家は乾物屋で、祖母と両親で店の切り盛りをし、店の奥が家族の住まいになっていた。だから、朝起きて夜寝るまで、誰か大人が必ずいて、私が家で一人になることはなかった。
ところが、私が小学校三年生のある日曜日、横浜の親戚の誰かの結婚式に祖母と両親の三人が揃って出席することになり、乾物屋の店を休んで、私が一人でるすばんをすることになった。るすばんを任せられたことで、ちょっと大人になった気分になったし、何よりも小言を言われない気楽さが嬉しかった。いつもと同じ狭い部屋なのに、その日は、二倍にも三倍にも広い部屋に思えた。その内、一人でいるのがもったいなくなってきて、近所の仲のいい友達を四、五人呼びに行った。
襖を開け放して相撲をしたり、でんぐり返ったり、野球のスライディングをしたり、みんな思い思いに暴れまわったが、文句を言われたり叱られたりする心配はない。我が家でありながら我が家でないように思えた。
友達も調子に乗って、「店で売ってる酢昆布ちょうだい」と言い出すので、暗い店に下りて行って、手探りで酢昆布を持って部屋に戻り、みんなに配ったら、子どもだけの時間にもっと勢いがついて、思いっ切り暴れ、日が暮れはじめてると、みんな一人、二人と帰って行ったが、ちっとも寂しくなかった。反対に、祖母や両親が家にいないことが、こんなに自由なことなのだと、興奮していた。その日以来、私は一人でるすばんをすることはなかった。私にとって自由を感じた、たった一度のるすばんだったのだ。たった一度のるすばんが人間の友達ではなく、動物の友達とできたら、もっと自由になれるかもしれないと思ったのが、この話を書くきっかけになっている。
ねじめ正一
1948年、東京都生まれ。詩集『ふ』(櫓人出版会)でH氏賞、小説『高円寺純情商店街』(新潮社)で直木賞、『荒地の恋』で中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『長嶋少年』『ナックルな三人』(以上、文藝春秋)など、子ども向けの作品に『そらとぶこくばん』『ずんずんばたばたおるすばん』(ともに福音館書店)『かあさんになったあーちゃん』『あいうえおにぎり』(ともに偕成社)など多数。東京都在住。
2022.02.21