今月の新刊エッセイ|麻生知子さん『こたつ』
今回ご紹介するのは、これからの季節に家族で楽しむのにぴったりの新刊『こたつ』。こたつを囲んで過ごす、ある家族の冬の一日を、こたつの真上から定点観測的に描いたユニークな絵本です。あのねエッセイでは、作者の麻生知子さんが、こたつをめぐる子どものころの楽しい思い出をたっぷりと綴ってくださいました。
お入りください。思い出のこたつへ。
麻生知子
こたつについて誰かと話をしていると、とてもよく似た思い出をお互いに持っていたりして、話しているうちに、その人と一緒のこたつで過ごしたことがあったような気持ちになってきたりします。
一度入るとその暖かさに出られなくなること、頭だけ出して寝そべるとたちまち眠くなること、熱くなりすぎてだるくなる感覚。こたつ布団の上の小さな食卓を囲んで、温かい料理を湯気のなかで食べたこと。
そんなこたつの思い出を、誰かと、頭の中のこたつに一緒に入りながら話します。
こたつ布団をめくって中に潜ってみると、そこは赤一色の光だけで他の色彩が無くなる世界でした。子どもしか入らないその赤い世界で熱さにのぼせながら、お菓子を持ち込んで食べたり、まんがを読んだりしていたこと。こたつの外にはいつも通りの生活があり、布団一枚めくって潜ると別の世界が広がっていました。そこは場所も時間も外とは全然ちがうように感じたものでした。
もしかすると、私の思い出の中のこたつと、誰かの思い出の中のこたつは、その別世界で繫がっていたのではないでしょうか。そんなふうにも思えます。
そのこたつを春が来て片付けると、見覚えのある畳が出てきて、こたつのスペースは案外と小さかったんだな、と思ったものでした。
こたつは、座卓の中に暖かくなる装置が付いていて、その周りを布団で覆ったものです。ただそれだけの家具なのに、記憶の中のこたつには、その周りの時間や感覚や気持ちが全部付いてきます。
子どものころの、こたつが出してあった期間(晩秋から春まで)は、ずいぶんと長く感じました。大人になった今だと、出したばかりでもうしまうのか、と感じますが、子どものころは今の感覚の数年がこたつと過ごす期間でした。その長い期間のうちに、たまに友達や、お客さんや、親戚が来たりして、わたしの家族とこたつの小さい食卓を囲んで遊んだり、話したり、おやつを食べたり、一緒に食事をしたりしました。そんな日は特別に楽しい日でした。
今、親しい人同士でもみんなで集まったり、食卓を囲んで賑やかに過ごしたりすることが難しい状況です。みんなで集まっていろいろなことをして過ごすのは、楽しみなことで楽しいことですが、今はその気持ちをおさえて暮らしています。
ここ半年以上続いているコロナとの時間を、子どもは、大人のわたしが感じている時間よりずっとずっと長く感じているのだと思います。子どもは、その長い長い間を、みんなで集まって賑やかに過ごすのは「なんだかこわいこと」という感覚の中で過ごしているのではないでしょうか。
早くそれが、楽しみなことで楽しいことに戻るといいです。
まだしばらく、こんな状況は続いてしまいそうですが、『こたつ』の絵本の中の子どもや大人と、絵本の中のこたつに一緒に入ってみるのはいかがでしょう。それで楽しい思い出ができたらうれしいです。
そんな思い出をまた、誰かと一緒のこたつで話してみたいです。
麻生知子(あそう・ともこ)
1982年、埼玉県生まれ。2006年頃から、油絵の制作と発表をしている。2008年より、友人の画家・武内明子とともに、日本全国を旅して作品の題材と展示場所を探し、制作し、その土地で発表する≪ワタリドリ計画≫の活動もしている。2020年までに、全国20カ所とカナダで、旅と展覧会をしてきた。また、自宅敷地内にある山内龍雄芸術館の運営も行っている。自作の絵本に、『うえからみたり よこからみたり』(「こどものとも年少版」福音館書店刊)。好きなものは温泉と食べること。愛猫の名前はクロ。神奈川県藤沢市在住。
2020.11.03