あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|岩見哲夫さん『南極のさかな大図鑑』

今回ご紹介するのは、南極の魚をフルカラーで紹介した新刊『南極のさかな大図鑑』(たくさんのふしぎ傑作集)。氷点下でも凍らない血液をもった魚、浮き袋の代わりに体に油をためこんだ魚など、世界一冷たい海で生き抜くために進化した魚たちを、美しいイラストでたっぷりご案内する豪華な一冊です。あのねエッセイでは、著者で、南極海魚類研究の第一人者である岩見哲夫さんが、南極の魚についての面白いエピソードや、研究を始めたきっかけ、南極で実際に魚を目にしたときの感動を綴ってくださいました。

本物との出会い 南極の海にすむ魚たち

岩見哲夫


南極海の魚が初めて世の中に紹介されたのは、19世紀中頃のことです。それも、釣りや網でとられたものではなく、荒れた海の波しぶきに乗って、船の甲板にうちあげられたものでした。おまけにこの世界初の貴重な魚は、船で飼っていたネコに食べられてしまうのです。そのため、正式に学会で発表されることなく、幻の魚となってしまいます。

私は南極の魚の研究を始めて間もないころにこの話を読んで、きっとそのネコはうんとしかられただろうなと思いつつ、魚の種類は何だろうと調べたことがありました。しかし、結局、1種類にしぼることができませんでした。実は、正式には報告されていないのですが、簡単なスケッチが残されていて、よけい想像が膨らんでしまいます。このスケッチを本の最初のページに載せましたので、みなさんも、中で描かれている魚と見比べて推理してみてください。

このように面白いエピソードのある南極の魚ですが、私が南極の魚を調べるきっかけになったのは、たまたま大学生のころ、ナンキョクオキアミの資源調査が盛んで、調査船がオキアミをとる際に網に紛れ込んでくる魚の正体を知りたいということからでした。私の恩師である阿部宗明先生は魚に関するいろいろな問い合わせに答えておられたのですが、南極という全く新しい場所からの魚ということで「君、調べてみないかね」と預けていただいたのがきっかけです。私もふだん見ることのできない魚を調べられるということで、大喜びで研究を始めた記憶があります。このように、偶然ともいえる出会いでしたが、かれこれ40年以上付き合うことになったのはまさに運命の出会いだったと思います。

今までの研究期間の中で、思い出深いのはやはり実際に南極に行って生きている魚たちに触れたことです。南極観測隊に参加して初めて生きている南極の魚をこの手でつかんだ時の感動は今でも忘れません。それまでたくさんの標本を調べ、論文を読んで細かな特徴まで頭に入れたつもりでしたが、生きている本物の魚にはかないませんでした。こんな風に口を動かすのか、ひれは思ったよりやわらかいな、眼には光を反射する場所があるぞなどと、時間を忘れて初対面を楽しんでいたことを覚えています。

すべての学問分野がそうとはいいませんが、やはり自分の目で見、自分の手で触れることは想像以上の効果があり、それは新たな発想・着眼点を生み出す源だと思います。私にとってもこの南極での体験はその後、南極の魚の生態にまで興味を広げていく大きなきっかけとなりました。

対象は生きものにかぎりません。よく観察し、さらにさまざまな感覚を使って調べることは、新たな発見に出会うことになります。みなさんが、身のまわりにある「たくさんのふしぎ」に気付き、新しい発見に出会えることを心から願っています。



岩見哲夫(いわみ・てつお)
1956年兵庫県神戸市に生まれる。筑波大学大学院生物科学研究科・生物学専攻 博士課程修了。東京家政学院大学副学長、現代生活学部教授。理学博士。1992年に第34次日本南極地域観測隊、2015年に第56次日本南極地域観測隊の隊員として南極海の生物調査を行った。南極海に生息する魚類、特にナンキョクカジカ亜目魚類について、系統進化の過程を研究するとともに、その生態、行動などの研究も進めている。著書、分担執筆に『南極大図鑑』(小学館)、『南極・北極の百科事典』(丸善)、『古代生物図鑑』(ベストセラーズ)などがある。ジャック・クストーの『沈黙の世界』で海洋世界に魅了されたのは幼稚園に通っていた頃。小学生の頃に愛読した『魚貝図鑑』は今も大事にもっている。

2020.07.28

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