作者のことば

作者のことば 浜田桂子さん『あやちゃんのうまれたひ』

『あやちゃんのうまれたひ』は、月刊絵本「こどものとも」1984年12月号として登場して以来、35年にわたって読み継がれてきたロングセラー絵本です。著者の浜田桂子さんにとっては、絵本デビュー作でもあります。ご自身の出産体験が元となったこの作品への思いを綴った刊行当時の「作者のことば」をご紹介します。

赤ちゃん誕生


 出産の予定日はとうに過ぎているのに、何のきざしもない毎日。自分のものとはとうてい思えない大きなおなかをかかえて、私はフーフー言うばかりでした。何もかも準備は整っているのに、いったいどうしたのでしょう。気の早い友だちからは、「おめでとう! 男の子? 女の子?」と電話がかかってきます。もしかしたら、永久にこの姿のままなのではないかと、そんなことをほんとうに思ってみたり……。でも、うまくしたもので、やがて赤ちゃんはちゃんと生まれてくるのです。分娩台の上で、初めてわが子と対面した時の、深い幸福な感情は忘れることができません。これは、苦しい出産をのりこえたお母さんに与えられる、特権なのでしょう。
 それにしても、生まれたばかりの赤ちゃんは、何と小さいのでしょう。小さいながら、だれがこんなにきちんとつくりあげてくれたのかと、そう思わずにはいられない手、足の指。その指先のひとつひとつについている小さな爪は、さくら貝より透き通っています。その手足をバタバタと、赤ちゃんはじつによく動かします。生まれてきたんだよ、ここにいるんだよと、自分の存在を証明するためにでしょうか。そしてまた赤ちゃんは、眠ってしまうとほんとうに静かです。あまりの静けさにハッとして、ちゃんと呼吸しているかどうかを確かめたりすることもしばしばです。
 私もそうであったように、どのお母さんもきっと朝から晩まで、赤ちゃんの顔を見つめ続けるのではないでしょうか。逆に、赤ちゃんのぬれぬれとした漆黒の瞳にじっと見いられると、うれしさとともにたじろぎを覚えます。この小さな命の、限りない重さを確認させられる一瞬だからでしょうか。


 今、私の子どもたちは小学生になりました。直接手がかかることは少なくなり、幼いころの、おんぶにだっこのような大変さはなくなりました。そのぶん、いつも子どもの気持ちをしっかりと見つめている目が必要となってきました。飛びまわっている子どもたちの後ろ姿に、ペタンペタンとおぼつかない足どりで歩いていたころの小さな丸い背中が、時折ふっと重なり、流れた時間にあらためて驚かされます。
 幼い命は、本来、自ら成長していく力に満ち満ちているものだと、つくづく思います。どの命も阻まれることなく、どうか持てる力いっぱいに伸びていってほしいと、願わずにはいられません。
 ところで私は、この絵本をつくっている間、“あやちゃん”の家族とは毎日机の上で顔を合わせていたものですから、すっかり親しくなってしまいました。おじいちゃんやおばあちゃん、パパやママといっしょに、赤ちゃんの誕生を待ちわびながら、絵を描きすすめました。雪の場面を描く少し前、東京には十回以上も雪が降りました。春を待つ気持ちとともに、ようやく赤ちゃんが無事に生まれ、私もおばあちゃんと同じように、パチンと手をたたきたい、うれしい気持ちでした。なにしろこの赤ちゃんは、私の息子と同じ体重で、そのうえ私の娘と同じ名前なのですもの!

(「こどものとも」1984年12月号 折り込み付録より)

浜田桂子(はまだ けいこ)
1947年、埼玉県川口市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業。田中一光デザイン室勤務の後、子育てを通して子どもの本の仕事を始める。絵本の作品に、『てとてとてとて』わらう』『ペカンの木のぼったよ』『あそぼうあそぼうおかあさん』『あそぼうあそぼうおとうさん』(以上、福音館書店)『さっちゃんとなっちゃん』(教育画劇)『ぼくのかわいくないいもうと』(ポプラ社)『へいわってどんなこと?』(童心社)など多数。日本児童出版美術家連盟会員。東京都在住。
 

2020.01.17

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