作者のことば

作者のことば ユカワアツコさん『草木鳥鳥文様』

時と場所を越えた野鳥

月刊「母の友」の連載から生まれた、四季の野鳥と植物をめぐる随筆集『草木鳥鳥文様』。作家の梨木香歩さんの文章に添えられた写真にうつっているのは、古い引き出しの底に描かれた鳥たちの絵。不思議な存在感を放つそれらの絵を描いた画家のユカワアツコさんに、引き出しに鳥の絵を描くようになったきっかけや、連載時のことを伺いました。

引き出しに鳥を描くようになったのは

古い引き出しに野鳥を描き始めたのは四、五年前からです。

もともと古い建物や神社、お寺を見てまわるのが好きでした。そうした場所で見かける板戸絵に興味があって、自分もいつか描いてみたいなと思っていたんです。でも、身近なものではないし、私のようなものが描いたところでどう世に発表するのかもわからなかった。

そんなときに、知り合いの雑貨店の引っ越しを手伝うことがあって。そこは什器として古い箪笥などの引き出しを使っていました。いくつもの引き出しを目にして、底にはられた板の表情の豊かさに魅せられたんです。

引き出しって、普段から目に見える表面は木目に気を遣っているんだけれど、底板は、節穴があったり、木目がめちゃくちゃだったり、インク染みや子どもの落書きも書かれていたりして、おもしろいなあ、と。

この中に、もともと大好きだった鳥を描いてみたいと思ったんです。なぜって、人の目にさらされることを意識していない底板だからこそ、そこには〝自然〟が残っていると感じたから。木目の中に山脈を見たり、そこに流れる風を感じたりもして、野鳥が描かれるにふさわしい景色がそこにあると思ったんです。

実際描いて展示をしてみると、お客さんの反応も興味深かったです。“鳥が引き出しの底に描かれていること”に「秘密めいた場所から今まで大切にしまわれていたものが出てきた」という印象を持ってもらえたようなんですね。私自身は、見る人がどんな気持ちを抱くか考えていなかったけれど、見る人たちが自由に想起して、そんな文学的な意味づけをしてくれました。

組み合わせの妙

連載「草木鳥鳥文様」は、毎回、文章を書く梨木さんが決めてくれた鳥と植物を、絵に描きました。

私はもともと、野鳥は原寸大に近い大きさで描きたいという思いがあるので、色んなサイズの引き出しを集めていましたが、野鳥と植物を組み合わせて描くとなると、これがとても難しい。

例えば、ゴイサギを描くとき、水辺の鳥だから、ゴイサギと水の流れに合った、木目が横に流れている引き出しに描こうと思うのですが、梨木さんの文章に書かれた植物は「葦」で、縦に伸びる植物だったんです。そうすると、横の木目で描くと、植物が不自然に分断するようになってしまい、全体がごちゃごちゃしてしまう。じゃあ、縦の木目の引き出しに描いてみようと構図を考えて、木目に沿って植物を描き、その奥の方に野鳥を描いてみたら全体がまとまったんです。




植物と野鳥を描く前には、できるだけ実物を見て練習をします。じっと見ていると、植物や野鳥の形に自然の規則性みたいなものが見えてきて、それをとらえて線に描くようにしていました。難しかったけれど、勉強になったし、なによりおもしろかったです。

入れ子構造

そうして出来上がった引き出しの中の鳥の絵を、さらに長島さんが写真に撮るわけですからね。毎回の連載の一見開きの中に、梨木さん、私、長島さんの入れ子構造が繰り広げられている。私は引き出しの底に絵を描くことの担当で、長島さんが撮って初めて作品として完成、という気持ちがありました。

長島さんが持つクールさみたいなものが、野鳥と人間との距離をうまく表現していて、街中で撮ったにもかかわらず、そこに野鳥がいることが絶妙に「ありうる」感じというか、びしっとはまっていてかっこいいな、と思います。

三人で連載ができたというのがすごい喜びでしたし、連載を三年間続けられたことは、自分の中の自信にもつながりました。

まとめ・母の友編集部
母の友2021年4月号より転載)
 


ユカワアツコ
1967年宮崎県生まれ。主に鳥を描くイラストレーター。2009年、鳥の小物などを制作・販売する「トリル」をはじめる。梨木香歩著『冬虫夏草』、松家仁之編『美しい子ども』(ともに新潮社)ほか、装丁画も手がける。

2021.05.10

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