あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|舘野鴻さん『うんこ虫を追え』

芽吹いたばかりの若葉が青々と美しい季節です。陽の光をあびて、植物がぐんぐん成長するこの時期、虫たちも盛んに活動を始めます。
今号の新刊『うんこ虫を追え』の作者、舘野鴻さんは長年さまざまな虫を観察し続け、小さな生き物の有り様から見えてくる世界を描いてこられました。美麗な虫、オオセンチコガネの謎に包まれた生態を解明すべく挑んだ本作。作品に込める思いを綴っていただきました。

うんこ虫!

舘野鴻


うんこを食べる虫がいる、ということはみなさんご存知でしょう。今回の本ではオオセンチコガネにスポットを当てていますが、うんこ虫はこれだけではありません。ハエやアブはもちろん、日本が世界に誇るかっこいいうんこ虫であるダイコクコガネの仲間や、マグソコガネ、エンマコガネ、ハネカクシ、チビシデムシ、エンマムシなどなど数多く、さらにはこれらの虫の幼虫を食べに来る虫、それらに寄生するハチやハエもいます。もっと言うと、肉眼で見えないようなセンチュウや菌類、細菌だってうんこをエサにします。このように、うんこは大人気の資源なのです。エサとなったその果てには無機物にまで分解されて、再び環境を形作る元素に還元されていきます。

うんこ虫の生態については、かのファーブル大先生もうんこまみれになりながらいくつもの糞食性甲虫の生態を明らかにしました。とにかくファーブルさんはすごすぎます。変態です。ここまでやるのかとひれ伏します。同時代に生きた進化論のダーウィンさんとは反目する部分はあるにしろ、お互いに敬意を持ち交流を続けていたようです。こうした同志や仲間という関係はとても大事。私にも、コンドーさんというバディがいます。コンドーさんとあれこれ議論する中で新しい発見も生まれました。もちろん対立する意見もたくさんありますが、それはやってみなければわからない。そしてその結果、お互いが考えていたのとは全く違う事実が目の前に現れる。この瞬間がたまらない。自然界は我々が想像するような単純なことではできていない。オオセンチコガネの暮らしを追っているだけなのに、そんなことに気がつきます。それが面白くて、私はいまだにオオセンチコガネの暮らしを調べています。私だけではなく、全国、全世界には同じような興味と情熱を抱いたたくさんの仲間がいます。そうした仲間たちそれぞれが見て調べた結果を持ち寄り、共有し、批判的に検証を重ね続ける。それが科学的な態度です。もしかしたら間違っているかもしれないと思うことこそ健全。偉い先生が言っているからぜったい正しいなんて、そんなことはない。人が自然のことすべてを知ることはできないでしょう。それでも、真理のありかを探そうとする。それが人の自然な姿だと思います。

うんこも死体も、人の社会からはほとんど見えません。けれど人は必ずうんこもするし必ず死ぬ。これはみなさんにとって他人事ではありません。もし、うんこや死体が野良にあればどうなるか。冒頭に書いたように、おびただしい数の虫やケモノたちが待ってましたとばかりに大集合。そこは華やかな祝祭の場になります。私たち人も、本来は自然の一部、誰かの資源なのです。

いま私は、うんこに加えて死体に目線を向けて、死体を食べる虫を観察しています。私はどこから来てどこへ行くのだろう。その問いはこの先もまだまだ続きます。


たてのひろし
1968年横浜市に生まれる。故・熊田千佳慕に師事。演劇、現代美術、音楽活動を経て生物調査員となり、国内の野生生物全般に触れる。その傍ら教科書、図鑑などの生物画や景観図、解剖図などを手がけ、写真家久保秀一の助言を得て2005年より絵本製作を始める。生物画の仕事は『生き物のくらし』(Gakken)など。著書に『しでむし』『つちはんみょう』『がろあむし』(以上、偕成社)、『なつの はやしの いいにおい』『はっぱのうえに』(ともに「ちいさなかがくのとも」/福音館書店)、『ソロ沼のものがたり』(岩波書店)、『どんぐり』(小峰書店)などがある。

2024.05.01

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