第2回 精興社 神田事業所(後編)
一冊の本は、どうやってわたしたちの手元に届いているのでしょう。3月に刊行予定の『家をせおって歩く かんぜん版』が完成するまでの様子を、作者の村上慧さんが本作りの現場をめぐるエッセイでお届けします。第2回も精興社さんで、じっくりとお話をうかがいました。
『家をせおって歩く かんぜん版』がとどくまで
第2回 精興社 神田事業所(後編)
嶋根さんの仕事を見学していたら、営業部の小山さんという方が段ボール箱いっぱいの本を持って現れた。小山さんは勤めて44年のベテランで、精興社でも1995年までやっていたという「活版印刷」の本を見せてくれた。
例えば「薔薇」という漢字をひらがなの「ばら」と同じ圧力で紙に印刷してしまったら黒くつぶれて見えてしまうので、印刷するときに一文字ずつ圧力を調整したりするという。そのようにいまでは考えられないほどの手間をかけて、かつて本は刷られていた。今では本の印刷部数が少なくなり、しかも本の定価はほとんど変わっていないので印刷に時間をかけることもできなくなった。活版印刷はオフセット印刷に比べて4倍の時間がかかる。また質の良い紙やインク、印刷機なども姿を消していき、活版印刷技術は廃れていった。多くの印刷会社が70年代に活版印刷から手を引くなか、精興社では努力を続けたが商業的に残すことができなかったという。
活版印刷の黄金期につくられた本について専門用語を混ぜながら次々と紹介してくれる小山さんに、僕も北森さんも圧倒された。正直なところ、小山さんが言っていることの半分くらいは理解できなかった。印刷業の職人にまつわる話で「カラスが黒にみえたら終わり」というものがあるらしいけど、それをまさに体現するように圧倒的な熱量で話してくれる小山さんに「オフセット印刷とは何ですか?」とは聞けなかった……。これはまた工場に行った時に聞いてみよう。きっと「オフセット印刷」の中にもいろいろな技術やノウハウがあるのだろう。
小山さんの話のあと、嶋根さんの隣に座っていたグラフィックス課の加藤さんが、ドラムスキャナーを見せてくれた。
今回の僕の本にカラー原稿はないので、他の絵本のカラー原稿のスキャンを見せてもらった。スキャンして印刷したものを原画とを見比べながら、色を原画に近づけていく。加藤さんいわく「色を合わせるときは全体のニュアンスをみる。一つの色にこだわっていると違うものになってしまう」。僕は画家のオディロン・ルドンが壁画を描いた時、発注者から「この部屋に青は使わない方が良いと思う」と言われ、黄色を基調にして描き進めたが、一番大きな花瓶の絵だけには大胆に青をつかうことで他の色も綺麗にみせていたことを思い出した。
以上でこの日の見学は終了したのだけど、最後に社長の白井さんが挨拶に来てくれて『たくさんのふしぎ』創刊号初版などを見せてくれた。かつてはこの神田営業所も、活版印刷の工場として使っていた話などを聞かせてくれた。
2019.02.12
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