今こそ、古典童話を。

古典童話『二年間の休暇』ためしよみ

おうちで過ごす時間が長くなり、今まで当たり前に楽しんでいたことも難しくなっている昨今。こんな時こそ、時代を超えて世界中の子どもたちに読み継がれている、古典童話を手に取ってみてはいかがでしょうか。物語の世界に漕ぎ出すきっかけになればと、「十五少年漂流記」として知られるベルヌの代表作『二年間の休暇』の第1章を、期間限定で公開いたします。福音館 古典童話シリーズ第1巻でもある、勇敢な少年たちの冒険物語を、ぜひお楽しみください。

二年間の休暇

第1章

 1860年3月9日の夜、海上は、雲が厚くたれこめていて、視界はほとんどきかなかった。
 大波がにぶく光りながらくずれている荒れ狂った海上には、帆をほとんどたたんだ1そうの船がただよっていた。
 それは、イギリスやアメリカでスクーナーとよんでいる100トンばかりのヨットだった。
 このスクーナーは、「スラウギ号」といったが、その名は船名板の上に読みとれなかった。波にさらわれたのか、衝突したのか……、ともかく事故のために船名板の一部がもぎとられていた。
 夜の11時だった。このあたりでは、3月はじめといえば、夜がまだ短い。朝の5時には、空はもう白みはじめる。しかし、スラウギ号をおびやかしている危険は、太陽があたりを照らすようになれば少なくなるだろうか……。このもろい船は、やはり波にもてあそばれることだろう。あらしがやみ、波が静まらないかぎり、スラウギ号は恐ろしい遭難――陸地から遠くはなれた大海のまん中での難船――をのがれられない。
 スラウギ号の船尾では、4人の少年がかじをとっていた。そのうちのひとりは14歳、ふたりは13歳、もうひとりは黒人で12歳ぐらいの見習水夫だった。かれらは力を合わせて、横ゆれと戦っていた。船が横倒しになりかねないからだ。つらい仕事だった。いくらがんばっておさえていても、舵輪(だりん)は逆転し、船べりから海へほうり出されそうになった。そればかりか、真夜中少し前、山のような大波が船腹(せんぷく)にぶつかった。かじをもぎとられなかったのは、奇跡だった。
 少年たちは、そのときの衝撃でしりもちをついたが、すぐに起きあがった。
「かじはだいじょうぶかい、ブリアン?」とひとりの少年がたずねた。
「だいじょうぶだ、ゴードン。」とブリアンは、もとの場所にもどり、落ち着きはらって答えた。そして、3人めの少年にいった。
「しっかりしろ、ドニファン! 元気を出せ……。ぼくたちだけじゃない。子どもたちを救わなくてはならないんだよ。」
 少年たちの会話は英語だったが、ブリアンのことばには、フランス人らしいなまりがあった。
 かれは、見習水夫のほうに向き直ると、こういった。
「けがをしなかったかい、モコ?」
「ええ、だいじょうぶです、ブリアンさん。」と見習水夫は答えた。「大波にはとくに用心しましょう。でないと、船は沈没してしまいますよ。」
 そのとき、船室に通じる昇降口のドアが勢いよくあいた。小さい頭が二つ、甲板にあらわれた。と同時に1匹の犬が顔を出し、ほえはじめた。
「ブリアン……ブリアン……何がおこったの?」と9歳ぐらいの子どもが叫んだ。
「なんでもないよ、アイバースン。」とブリアンは答えた。「どうもしないよ。ドールといっしょに中にはいっていたまえ。さあ、早く!」
「ぼくたち、こわいんだよ。」ともうひとりの子どもがいった。その子は、アイバースンよりも年下だった。
「で、ほかの人たちは?」とドニファンがたずねた。
「みんなこわがっているよ。」とドールは答えた。
「さあ、みんなもどれよ。へやに帰って毛布をかぶり、目をつぶってごらん。そうすればもうこわくなくなるよ。危険はないんだから。」とブリアンはいった。
「気をつけて! また波が!」
 モコが叫んだ。
 ものすごい大波が船尾にぶつかった。今度は、さいわいに波をかぶらなかった。もし海水が昇降口から中へはいっていたら、船は重くなり、波のうねりで沈没してしまっていただろう。
「もどれよ。中へはいれ!」とゴードンが叫んだ。「でないと、ひどいぞ!」
「さあ、はいりたまえ、君たち。」とブリアンがやさしくいった。
 ふたりの子どもがひっこんだかと思うと、昇降口にまた別の少年があらわれた。
「ぼくたち、何もしなくていいの、ブリアン?」
「いいんだよ、バクスター。君は、クロスとウェッブとサービスとウィルコックスといっしょに、子どもたちを見ていてくれ。こっちは、4人でたくさんだよ。」とブリアンは答えた。
 バクスターは、内がわからドアをしめた。
 ――みんなこわがっているよ。
と、さっきドールがいっていた。
 いったい、あらしの中をただようこの船には、子どもたちしかいないのだろうか。そう、子どもばかりだった。何人いるのだろう。ゴードン、ブリアン、ドニファン、そして見習水夫をいれて15人である。どうしてかれらはこの船に乗りこんでいるのだろう。
 船には、おとなはひとりもいなかった。船長も、船員も、かじをとる操舵員(そうだいん)もいなかった。
 だから、スラウギ号が大海のどのあたりにいるものやら、正確な位置については、少年たちのだれひとり知らなかった。どこの海だろうか。いちばん広い海、オーストラリアとニュージーランドの陸地から南アメリカの沿岸まで、約2000海里にわたって広がる太平洋である。
 いったい、何が起こったのだろうか。船の乗組員たちは、何かの災難にあって、行くえ不明になったのだろうか。マライ群島の海賊にでもさらわれて、船には、いちばん年上でもやっと14歳にしかならない少年の船客だけがとり残されたのだろうか。100トンばかりの船とはいえ、少なくとも、船長ひとり、機関長ひとり、それに5、6人の船員が必要だ。ところが、この船には、乗組員といえば、見習水夫がひとりいるだけである。……それにしても、この船はどこからやってきたのか。オーストラリアの海岸からか、オセアニアの群島からか。また、いつ出航し、どこに行くのか。陸地から遠いこの海上でスラウギ号に出会ったら、どんな船長でもこうたずねたに違いない。少年たちはこれにたいして、答えることができただろう。ところが、いつもは行き通う太平洋航路の船も、太平洋の港々へ、貿易のため、ヨーロッパやアメリカからたくさんやってくるはずの蒸気船も、帆船の影すらも見えなかった。たとえ機械や帆のがんじょうな船がこのあたりにいたにしても、それらの船もあらしと戦うのに精いっぱいだろうから、漂流物のように波にもてあそばれているこの船を救うことはできなかったであろう。
 ブリアンたちは、最善をつくして、船が横倒しになるのを警戒していた。
「どうしよう?」とドニファンがいった。

「できるだけのことをするんだ。あとは、運を天にまかせよう。」
 ブリアン少年は、こういってのけた。元気いっぱいのおとなだって、あきらめかねないところだのに……。
 あらしは、ひどくなる一方だった。水夫のことばでいえば、風は、「かみなりのように」吹き荒れていた。じっさい、この表現が、こんなにぴったりあてはまることはなかった。スラウギ号は突風のため、「かみなりに打たれて」いるようだった。その上、主檣(メーン・マスト)は48時間前に根もとから4フィートのところで折れてしまったので、帆を張ることもできなかった。帆が張れれば、もっと安全に船を操縦できるのだが。前檣(フォー・マスト)は先のほうが折れただけだったが、綱がゆるんでいつ甲板の上にたおれるかわからなかった。船首では、ぼろぼろになった小さな三角帆(ジブ)が、風に吹かれてまるで銃声のように大きな音をたてていた。帆の中で残っているのは、前帆(フォー・スル)だけだった。少年たちには、その帆をちぢめる力がなかったので、今にも破れそうだった。もしちぎれでもしたら、船は、風のため安定を失い、波をかぶって横倒しになり、沈没してしまうだろう。そうすれば、船の子どもたちも海底に消えてしまう。
 これまで、沖には島影ひとつなかった。東のほうにも、大陸らしいものは見えなかった。たとえ陸地が見つかったとしても、海岸に打ちあげられるということは、恐ろしいことだ。が、荒れ狂うこの果てしない海にも屈しない少年たちは、それも恐れていないだろう。浅瀬や暗礁があろうと、またそこに大波が打ちくだけていようと、海岸でさえあれば助かるものと考えているのだ。すぐ足もとに口を開いて待ちかまえているこの深い大海にくらべれば、波の荒い海岸でも大地には変わりないと、少年たちは考えていた。
 こんなわけで、少年たちは、行くてに目じるしになる明かりの一つでも見えないかと血眼になっていた。明かりが見えさえすれば、それを目標にへさきを向ければよい……。
 しかし、あたりは、墨を流したように、まっ暗やみだった。
 午前1時ごろ、とつぜん、風のうなりにもまさる、何かが引き裂かれるすさまじい音が聞こえた。
「前檣(フォー・マスト)が折れた!」とドニファンが叫んだ。
「違います。」と見習水夫が答えた。「縁索(ふちなわ)から帆が引きちぎられたんです。」
「すっかり取りはらわなくてはいけない。」とブリアンがいった。「ゴードン、君はドニファンとかじをとっていてくれ。モコ、ぼくに手を貸してくれ。」
 見習水夫のモコには、航海の知識があるのがあたりまえだが、ブリアンにも、航海の知識が全然なかったわけではない。ヨーロッパからオセアニアへやってきたとき、大西洋と太平洋を商船で横断したのだから、ブリアンは、船の操縦にいくらかなじんでいた。だからこそ、なんの心得もないほかの少年たちは、スクーナーの操縦を、モコとブリアンにまかせるよりほかなかったのだ。
 ブリアンと見習水夫は、恐れるようすもなく、すぐ船首にかけつけた。横倒しを防ぐには、どうしても前檣(フォー・マスト)を取りのぞかなければならない。前帆(フォー・スル)は、下のほうがポケットのようにふくれあがり、そのため、スクーナーはかたむいていた。この作業が成功しても、針金の綱(ロープ)でできた支橋索(リギン)を切り、前檣(フォー・マスト)を根こそぎ切り取ってしまわないかぎり、船は安全にならないだろう。少年たちの力で、こんなことをやりとげられるはずがない。
 それでも、ブリアンとモコは、おどろくほど気転のきく少年だった。ふたりは、あらしの間じゅう、スラウギ号が追風を受けることができるように、なるべく帆を残しておこうと考え、うまいぐあいに帆づなをあやつって、帆を甲板から4、5フィートのところまでおろした。そして、前帆(フォー・スル)の破れたところをナイフで切り取って、そのうしろのすみを、2本の下隅索(シート)で、舷牆(ブルワーク)の索止栓(さくどめせん)にしっかりしばりつけた。勇敢なふたりの少年は、何度も波にさらわれそうになった。
 こうして、帆をできるだけちぢめたおかげで、スクーナーは今までどおりの針路を進むことができた。今やスクーナーは、ほとんど船体だけのようなありさまだったが、それでも風をじゅうぶん受けて、魚雷艇(ぎょらいてい)のような速さで進むことができた。船尾に危険な大波を受けないためには、波よりも速く走って波からのがれることが、とりわけ大切だった。
 この仕事がすむと、ブリアンとモコは、ゴードンとドニファンのそばにもどってきて、かじをとるのを手伝った。
 そのとき、昇降口がまた開いた。ひとりの子どもが頭を出した。それは、ブリアンの3つ年下の弟、ジャックだった。
「何か用かい、ジャック?」と兄はたずねた。
「来て、来てよ……。船室に水がはいったんだ。」
「え、なんだって!」ブリアンは叫んだ。
 昇降口にかけよったブリアンは、大急ぎで階段をかけおりた。
 船客室は、横ゆれでひどくゆれているランプの明かりで、ぼんやり照らし出されていた。そのうす明かりで見ると、10人ほどの子どもがソファーやベッドに横になっていた。小さい子どもたちは――8歳か9歳ぐらいの子どももいた――寄りそって、恐怖におびえていた。
 ブリアンは、何よりもまずこの子どもたちを安心させようと思って、叫んだ。「だいじょうぶだよ。ぼくたちがついている。こわがることはないよ。」
 それからブリアンは、カンテラの明かりをたよりに船室の床を調べたところ、いくらかの海水が流れているのを見つけた。
 海水は、どこからはいってくるのだろう。船腹の板のわれ目から浸水したのだろうか。確かめなければならない。
 船客室の先のほうに大寝室があり、それにつづいて食堂と船員室があった。
 ブリアンは、これらのへやを回ってみて、喫水線(きっすいせん)の上からも下からも浸水していないことを確かめた。
 この海水は、船尾がさがったために後部からはいりこんでくるせいであり、また、船首に押し寄せる大波が船員室の昇降口から内部へはいりこんでくるせいでもあった。危険はないと、ブリアンは考えた。
 ブリアンは、船客室をふたたび通りぬけながら仲間たちを安心させ、自分もいくぶんホッとして、舵輪(だりん)のところにもどった。船はとてもじょうぶにできている。船底は外部を全部うすい銅板で張ってあるから、水は絶対にもらないし、ひどい波に打たれてもこわれないようにできている。
 午前1時だった。この時刻になると、雲が厚くなって、いっそう暗くなり、強風が吹き荒れた。船は、海にのまれそうになりながら、海上をただよっていた。とつぜん海つばめのするどい鳴き声が、大気を突き破った。海つばめが姿を見せれば、もう陸地が間近いといいきってよいものだろうか。そうではない。ときには海岸から数百海里も沖で海つばめを見かけることだってある。この鳥は、風にさからう力がないので、人間の力では速力を落とそうにも落とせなくなったスクーナー同様、風まかせに飛んでいるだけなのだ。
 およそ1時間後、また帆の裂ける音がした。前帆(フォー・スル)の残りが裂けたのだ。帆は、ぼろぼろになって、空中に飛び散った。そのありさまは、まるで大きなかもめのようだった。
「帆が飛んだぞ!」とドニファンが叫んだ。「別のも張ることができないよ。」
「かまうものか。見ろ、速力は変わらない。」とブリアンは答えた。
「強がりをいうなよ。」とドニファンがつづけた。「君のそんな操縦ぶりじゃあ……」
「うしろの波に注意して!」とモコがいった。「しっかりつかまっていないと、波にさらわれますよ。」
 モコがこういい終わるか終わらぬうちに、何トンもありそうな大波が船の上におおいかぶさった。ブリアン、ドニファン、ゴードンはとばされそうになったが、やっと昇降口にしがみついた。
 この大波とともに、見習水夫の姿が見えなくなった。スラウギ号は、うしろから前へ大波をまともに受けたのだ。そのため、マストや帆桁(ほげた)の予備材の一部、小ボート2そう、大ボート1そう、それに羅針盤の箱まで、波にさらわれてしまった。しかし、舷牆(ブルワーク)が波で破られたため、海水はすぐ流れ出てしまい、船は海水の重みで沈没する危険をまぬがれた。
 落ち着きをとりもどし、口がきけるようになったブリアンは、大声で叫んだ。
「モコ!……モコ!」
「波にさらわれたんだろうか?……」とドニファンがいった。
「そんなはずはない。でも、姿も見えなければ、声も聞こえない。」と船べりから海をのぞきこんでいたゴードンが答えた。
「助けよう……。救命ブイを投げてやるんだ……綱をよこせ。」とブリアンがいった。
 あらしは、ほんの束の間、小やみになった。
「モコ、どこにいるんだ!」ブリアンは叫びつづけた。
「助けて! 助けて!」見習水夫がやっと答えた。
「海じゃない。船の前のほうで声がする。」とゴードンがいった。
「ぼくが助けに行く!」とブリアンは叫んだ。
 ブリアンは、甲板の上を腹ばいになって進んだ。かれは、ゆるんだ綱の先でゆれている滑車にぶつからないよう、また、すべりやすい甲板から横ゆれで海にころげ落ちないよう、用心した。
 見習水夫の声がまた聞こえた。そして何も聞こえなくなった。
 ブリアンは、やっとの思いで、船員室の昇降口にたどり着いた。
 ブリアンはよんだ……
 答えはない。
 モコは、さっき叫んだあと、波にさらわれてしまったのか。とすると、不幸な少年はもう今ごろは風下へと遠くに押しやられてしまっただろう。マストの折れたスクーナーでは、波のうねりほどの速さで走ることができないのだから……。もう少年はだめだろうか……。

 いや、かすかな叫び声が聞こえる。ブリアンはいかり巻上げ機のほうに急いで行った。その台座には、第一斜檣(バウ・スプリット)のあしがはめこまれている。ブリアンが手さぐりしてみると、だれかがもがいている……。
 それは、見習水夫だった。かれは、へさきの舷牆(ブルワーク)のせまいところにはさまれていた。もがけばもがくほど、綱が見習水夫ののどをしめつけている。このように綱にからみつかれていては、つぎの大波が打ち寄せたら、首がしまって死んでしまうだろう。
 ブリアンは、ナイフを取り出すと、見習水夫をしめつけている綱を苦労して切り取った。
 モコは、船のうしろのほうに連れもどされ、やっと口がきけるようになるといった。
「ありがとう、ブリアンさん、ありがとう。」
 モコは、舵輪(だりん)のところにもどった。こうしてふたたび4人そろって、スラウギ号の行くてに立ちはだかる大波と戦う態勢をととのえた。
 ブリアンの予想に反して、船の前帆(フォー・スル)がすっかり飛んでしまってから、船の速力は少し落ちていた。これは、新たな危険を生みだすおそれがある。今や波は船より速く走れるわけだから、うしろから船におそいかかって、船を水びたしにするかもしれない。といっても、打つ手はない。小さい帆さえも張ることができないのだ。
 南半球の3月は、北半球の9月にあたる。時刻は朝の4時ごろだった。東の水平線が白みはじめるのも間近い。あらしがスラウギ号を運ぶ太平洋の水平線上に夜が明けたら、強風はおとろえるだろうか。夜が明けたら陸地が見えるかもしれない。そうすれば、少年たちの運命は、たちまち開けるだろう。あかつきが遠くの空を赤く染めるころ、すべてはっきりするだろう。
 4時半ごろ、うす明かりが真上の空にそっとしのびよって、広がった。あいにく、もやのため、視界は4分の1マイルぐらいしかきかない。雲がものすごい速さで動いていた。強風は少しもおとろえていない。海は、一面くだける波で泡だっていた。スクーナーは、山のような波に高々と持ちあげられたり、谷底のような波の間にたたきつけられたりした。船は横にかたむいて、何度もてんぷくしそうになった。
 4人の少年は、荒れ狂った波から目をはなさなかった。このままあらしがつづけば、もう助かる見こみはないと思った。スラウギ号は、あとまる一日もあらしと戦いつづけることはできないであろう。昇降口も、ついには、こわされてしまうだろう。
 そのとき、モコが叫んだ。
「陸だ!……陸が見える!」
 見習水夫は、もやの切れ目から、東のほうに海岸線をとらえたように思った。見まちがいではなかろうか。うず巻く雲ととけあってしまう、あのぼんやりかすんだ海岸線を見分けるのは、いちばんむずかしい。
「陸だって?」とブリアンがいった。
「そうです……陸が……東のほうです……」
 モコはこういって、水平線の一点を指さした。だが、あいにくもやにかくれてしまっていた。
「ほんとうかい?」とドニファンがたずねた。
「ほんとうですとも。確かです。もやが晴れたらよくごらんなさい……あそこです…… 前檣(フォー・マスト)の少し右……ほら、ほら!」
 もやが少し切れた。たちまち、もやは、海面から上のほうへ晴れていった。まもなく、大海が船の前方数マイルほどの広さまで、姿をあらわした。
「そうだ……陸だ! 確かに陸だ!」とブリアンは叫んだ。
「ずいぶん平たい陸地だ!」と、海岸線を注意深く見つめていたゴードンがいいそえた。
 もう疑う余地はなかった。大陸か、島か、いずれにせよ、陸地が、広い水平線上、5、6マイル前方に浮かびあがっていた。このまま強風にまかせて進めば、スラウギ号は1時間たらずでそこに着くに違いない。警戒しなくてはならないのは、船が陸地に着かないうちに、暗礁などでこわれてしまうことだった。しかし、少年たちは、そんなことを心配さえしなかった。思いがけなく目の前に姿をあらわした陸地は、天の助けとしか考えられなかったのだ。
 風はますますはげしくなった。スラウギ号は、まるで鳥の羽のように風にもてあそばれながら、白い大空を背景にくっきりと姿をあらわしている陸地へと進んだ。海岸線のうしろは、150ないし200フィートのがけになっていた。がけの前には、黄みがかった砂浜が広がっていた。砂浜は、右に寄るにつれて、木立でまるくかこまれていた。その木立は奥地の森につづいているらしかった。
 もし、スラウギ号が暗礁地帯に乗りあげずに砂浜に着けるとしたら……。また、陸地に河口があって避難できるとしたら……。そのときこそ少年たちは、無事に危険を脱したといえるだろう。ドニファン、ゴードン、モコの3人が舵輪(だりん)をにぎっていた。ブリアンは船首にいた。かれは、速力のあがった船がぐんぐん近づいていく陸地から目をはなさなかった。かれは、船が安全に着ける場所をさがしていた。だがむだらしい。河口もなければ、一気に乗りあげられる浅瀬もなかった。砂浜の手前には暗礁が連なっており、その黒い頭が波間に点々と見えていた。そこにはものすごい大波がひっきりなしに打ち寄せていた。あんな暗礁にぶつかろうものなら、スラウギ号などは、こっぱみじんにくだけてしまうだろう。
 ブリアンは、暗礁に乗りあげた場合のことを考え、みんなを甲板に出しておいたほうがよいと判断した。かれは昇降口のドアをあけて叫んだ。
「みんなあがってこい!」
 まっさきに犬がとび出した。つづいて、10人ほどの子どもが出てくると、船尾に腹ばいになった。海が浅くなるにつれて、波はますますひどくなるので、小さい子どもたちは、恐ろしさのあまり悲鳴をあげた。
「しっかりしろ、しっかりするんだ!」とブリアンは叫んだ。
 ブリアンは上半身はだかになった。万一子どもが波にさらわれるようなことになったとき、海に飛びこんで助けるためである。もう暗礁が近いに違いない。
 とつぜん、横ゆれがはじまった。スラウギ号の船尾の竜骨(キール)が海底にふれたのだ。船全体がぐらついたが、海水は船内に浸入してこなかった。
 つぎの大波で持ちあげられたとき、船は50フィートほど前進した。そのため、たくさんのとがった岩かどとの衝突をまぬがれた。
 船は、左のほうにかたむいたまま、うずまく大波の中で動かなくなった。
 もう大海のまん中ではない。それでも砂浜まで、まだ4分の1マイルほどあった。

(第1章 おわり)

作品について

▼作品について詳しくはこちらから。
福音館 古典童話シリーズ『二年間の休暇』
福音館文庫 古典童話『二年間の休暇(上)』『二年間の休暇(下)』

福音館 古典童話シリーズについて、もっと詳しく知りたい方はこちらから!
映像作品も愛されている『ハイジ』『ピノッキオの冒険』『ピーター・パンとウェンディ』、映画化でも話題の『若草物語』など、誰もがあらすじを知っている古典的名作42作品を、完訳でお届けする古典童話シリーズについてご紹介しています。

 

2020.04.22

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