あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|くどうれいんさん『プンスカジャム』

9月の新刊『プンスカジャム』は、友だちに約束をすっぽかされてカンカンの少年ハルが、道中で出会ったあぐりさんというおばあさんのベーカリーで、不思議なジャムを作りながら自分の感情と向き合っていく物語。小説やエッセイ、俳句、短歌と幅広く活躍されている気鋭の作家、くどうれいんさんによる、初めての童話です。あのねエッセイでは、くどうさんが、「怒り」をテーマにした本作について、その誕生の背景や、作品に込めた思いを綴ってくださいました。

何歳になったって、ある

くどうれいん


ちいさなころからよく「強気」「喧嘩っ早い」と言われ、両親を心配させる子供だった。普段は静かで引っ込み思案なのに、一度怒ると相手をこてんぱんにするまで怒ってしまう性格だった。怒りっぽさは直ることなく成長し、十七歳のとき、高校文芸コンクールに応募するために書いたのが『ベーカリーあんぐり』という児童文学だった。 子供向けに書く、と思うと、いちばん素直でなければいけず、小手先のきれいさ、おもしろさではいけないような気がして、何を書くか随分迷った。挙句、十代になっても変わらないじぶんの喧嘩っ早さと向き合って「怒り」のことを書いてみたいと思った。わたしは普段些細なことでも気が済まないことがあるとすぐに怒ってしまううえ、一度怒ると火が付いたように止まらなくなってしまう自分を変えたかった。女子高生が怒りをジャムにして、それを冷やして瓶に入れて見返すお話になった。

ご縁があってふたたびこのお話と向き合い、主人公をもっとちいさな男の子にすることにした。一度またゼロから書き上げて読み返すと、わたしは立ち止まってしまった。怒りを収めて、冷やして眺める。それでいいのだろうか。感染症でいままでの当たり前がすべて覆される世の中になって、いろいろな「どうして?」で頭が重くなるような日々の中、わたしは自問自答した。子供たちに対して「怒りは自分で冷やしてね」と伝えたいのだろうか。怒ってばかりだったわたしは、たしかに誰かを傷つけるのをやめたかったけれど、何かを伝えたかったからあんなに怒っていたのではないのだろうか。声を上げないと変えられないこともたしかにある世の中で、「怒り」という感情だけを見て、その人が厄介な人だと決めつけるのは危険だと思う。どうして怒っているのか想像できる人でありたい。二十歳を過ぎて、怒りはときに必要な感情だと思っているのならば、「上手な怒りかた」を書けないだろうか。自己責任でご自愛をすることが「大人のふるまい」だと教えられてきたが、これからは(どうしてこうなんだろう)と思うことについて丁寧に対話ができる社会であってほしいし、何歳になったって、つらくてしんどいときは誰かに頼っていい世の中であってほしい。他人の怒りに対しても、過度に励ましたり説教するのではなく、温かいお茶を出してただただ受け止めてあげられる人でありたいと思う。そういうきもちが、あぐりさんというおばあちゃんになって物語に腰かけてくれた。

生きていると、かっとなったり、泣きたいくらいむしゃくしゃする日がある。何歳になったって、ある。どうしようもなくいとおしいだれかのそばで、そういうきもちを受け止める夜もある。大人でも、子供でも、ハルになる日とあぐりさんになる日がきっとある。そういうときに、この物語がみなさんのこころの中で、小瓶のようにしずかに光を湛えて寄り添ってくれることを祈っています。



くどうれいん
1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。作家。著書にエッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』(BOOKNERD)『うたうおばけ』(書肆侃侃房)。歌集『水中で口笛』(左右社)。2021年7月に、第165回芥川賞候補作『氷柱の声』(講談社)刊行。
 

2021.09.01

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