特別エッセイ|篠原かをりさん「久しぶりにカナヘビに会いたくなった」〜『かなへび』刊行によせて〜
久しぶりにカナヘビに会いたくなった
篠原かをり
カナヘビ
懐かしい響きだ。
幼い頃は、トカゲが横切るのを見逃すまいと限りなく前向きな気持ちで下をむいて歩いていた。初めて捕まえた時を覚えている。投げた帽子をそっと持ち上げると目があった。
虫かごに入れようとした瞬間、手からするりと抜け出したのを母が捕まえてくれた時の感動は今も鮮やかだ。母と喧嘩をした時は、その時のことを思い出す。母は逃げ出したカナヘビを捕まえられるすごい人だ。
トカゲは滑らかな動きに聡明な光を帯びた瞳、緻密に並んだ鱗を持った美しい生き物だ。日本で最も身近なトカゲはカナヘビとニホントカゲの2種だ。この2種の成体はよく似ている。
『かなへび』のページを開いて最初に飛び込んでくる「かさかさしたちゃいろのからだ」と「とてもながいしっぽ」が見分けるポイントだ。
次にカナヘビはひなたぼっこをする。この時がカナヘビを捕まえる数少ないチャンスだ。十分に身体を温めたカナヘビのスピードは並大抵じゃない。一人暮らしを始めてすっかり会うことは少なくなったけれど、今でも見かければもちろん追いかける。しかしながら、最近は負け続きだ。
ページをめくるごとに懐かしさがこみ上げてくる。ひなたぼっこして食べて逃げて眠って卵を生んで…せわしないくらいに無駄のないカナヘビの毎日が流れ込んでくる。葉っぱを寝床にするような小さなカナヘビの視点から世界を見ると雑草がジャングルに、猫が猛獣に見えてくるだろう。
気温が上がり花が咲き始め、今年もまた春がきた。カナヘビたちはどこかでもう目を覚ましているのだろうか。この春カナヘビに出会ったらそれは幼い私が追いかけたカナヘビの子孫かもしれない。
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2020.03.30