特別エッセイ|村井理子さん「ハリーと息子たち」〜『あむ』刊行によせて
4月に刊行された、男の子「かっちゃん」とやんちゃな愛犬「あむ」の物語。あむと同じようにやんちゃで子どもが大好きなラブラドール・レトリバー「ハリー」と暮らす翻訳家の村井理子さんに、『あむ』刊行を記念してエッセイを寄稿いただきました。まるで『あむ』のサイドストーリーを読んでいるかのような、ハリーとふたりの息子さんのなんとも楽しげな毎日をお楽しみください。村井さんからご提供いただいたハリーの写真も必見です!
ハリーと息子たち
村井理子
『あむ』のページをめくると、まるでわが家の息子たちと、黒ラブのハリーの毎日を見ているような気持ちになります。ハリーもあむと同じ、明るくやんちゃで、子どもが大好きな犬です。ちょうど一年ほど前にわが家にやってきました。ハリーが来てからというもの、わが家は連日大騒ぎです。朝から晩まで、息子たちとハリーの追いかけっこが終わることはありません。
ハリーがわが家にやってきた時、彼はまだ生まれて三ヵ月の、とてもシャイな子犬でした。妙に手足が大きくしっかりとしていて、犬というより小熊のようでした。息子たちが抱っこしても暴れることなく、とても静かで、落ち着いていました。ムクムクとした体が、ぬいぐるみのようにかわいらしかったことをはっきりと覚えています。今となっては、見違えるほど逞しく大きく成長し、まるで馬のようにパワフルな成犬になりました。
あむと同じく、ハリーは息子たちが大好きです。二人の下校時間が近くなると、階段の一番上の段に座って、吹き抜けの窓から息子たちが下校してくる姿を確認しようと、今か今かと待っています。とうとう二人が下校すると、尻尾を振って大喜び。二人と一匹がきゃあきゃあと大騒ぎしながら再会を喜び合うのが、わが家の日常となりました。息子たちにとってハリーは、手のかかる弟のような存在で、可愛くて仕方がないようです。
下校してしばらくすると、息子たちの友達が遊びにやってきます。大きくて真っ黒なハリーは、小学校でも有名な「ヤバい犬」。息子の友達のほとんど全員がハリーを怖がり、その大きな姿に圧倒されてしまいます。そんな理由から、ハリーが子ども部屋に入ることはできません。「ハリー、ごめんね。またあとで遊ぼうな」、「ハリー、ごめんな」という、慰めるような息子たちの言葉と、ドアをそっと閉める音が聞こえてきます。鼻の前でドアを閉められたハリーは、それに怒るでもなく、少し残念そうに、私が仕事をしているリビングに戻ってくると、私の足元で居眠りをはじめます。私は、そんなハリーを少し不憫に思いながら、同時に息子たちの成長を感じるのです。
本書のなかで、飼い主のかっちゃんがあむに引っ張られ、田んぼのあぜ道を散歩に行くシーンがあります。まさにわが家の息子たちとハリーの姿に重なります。夏休みになると、息子たちもハリーに引っ張られながら、湖に続く田んぼのあぜ道を全速力で走るのです。息子たちもハリーも、湖で泳ぐことが大好き。湖に勢いよく飛び込んで行く二人と一匹の様子を眺めながら、この光景がいつかとても懐かしく思える日が来るのだろうと考えずにはいられません。息子たちがそれぞれの道を進み、わが家を離れるとき、ハリーはどんな気持ちになるのでしょう。気の早い話ですが、今から想像するだけで少し涙が出てしまいます。きっとその時老犬になっているハリーは、ずっと一緒に暮らしてきた息子たちがいなくなってしまったら、寂しく思うでしょうか。でも、その時は、私がハリーの側にいてやろうと思っています。
『あむ』は、わが家で毎日繰り広げられている、犬と息子たちの何気ない交流のひとつひとつが、どれも大切な瞬間なのだと教えてくれたように思います。
村井理子(むらい・りこ)
1970年静岡県生まれ。翻訳家。訳書に『ゼロからトースターを作ってみた結果』(新潮社)、『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(きこ書房)、『兵士を救え!マル珍軍事研究』(亜紀書房)『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』(太田出版)、『人間をお休みしてヤギになってみた結果』(新潮社)がある。共訳書『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』(駒草出版)が4/25に発売。著書に『ブッシュ妄言録』(二見書房)、『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』(KADOKAWA)。
犬好き垂涎!愛犬ハリーとの日常を綴った亜紀書房さんのWEBサイト「犬(きみ)がいるから」もぜひご覧ください。
2018.05.09