新作童話『オイモはときどきいなくなる』特設ページ
◆『オイモはときどきいなくなる』一部試し読みできます!
モモヨんちの犬のオイモはときどきいなくなるけど、いつも暗くなる前に帰ってくる。でも、その日は夜になっても帰ってこなくて。そこにいること、もうそこにはいないこと、ほんとうのこと、ゆめのこと。すべての境目が浮かんでは消えてく、ときどきとえいえんの物語。
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新刊童話『オイモはときどきいなくなる』は、田中哲弥さんの独特のユーモアと情景描写が入り交じった文章と、『つみきのいえ』(2009年)で第81回アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞したアニメーション作家・加藤久仁生さんの絵とともに紡がれる童話です。
新刊童話『オイモはときどきいなくなる』は、田中哲弥さんの独特のユーモアと情景描写が入り交じった文章と、『つみきのいえ』(2009年)で第81回アカデミー賞 短編アニメーション賞を受賞したアニメーション作家・加藤久仁生さんの絵とともに紡がれる童話です。
◆斉藤倫さんから推薦コメントが届きました。
長編童話デビュー作の『どろぼうのどろぼん』や4月に刊行され好評の『さいごのゆうれい』(福音館創作童話)など、独特の世界観が魅力の物語を生み出してきた詩人の斉藤倫さんが、『オイモはときどきいなくなる』に、いち早く推薦コメントを寄せてくれました。
田中哲弥さんと斉藤倫さん、お互い書くものは、まったく違う物語なのに、どこか共通する魅力を感じられるから不思議です。斉藤さんの推薦コメントをご紹介いたします。
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オイモと歩いた 斉藤倫
なんでだろ。
モモヨは、ときどき、おもう。つぶやく。
読んでるきみも、なんでだろ、っておもうだろう。立ちどまる。でも、歩きだす。オイモといっしょに。いなくなったオイモをさがして、この話ははじまる。「茶色くて細くてちょっとくさい」。でも、モモヨにとってはだいじないぬ。田んぼや、裏山、さがしては、つれかえって。
オイモはときどきしゃべる。「あめやんだね」。だけどそれは、モモヨの夢だったり。
救急車の音は、おなじ音なのにかわって聞こえる。なんて、お姉ちゃんが説明する。そういうことかなっておもったりもする。
たくさんの季節。やさしいレオンさん。いま見ていることなのか、おもい出なのか、きみは、わからなくなるかもしれない。でも、それでいい。歩いてるのが、山のなかなのか、文章のなかなのか、わからなくたって。もやもやしながら、迷子になって、それも楽しいって知るだろう。だって、オイモといっしょだから。
オイモは、たしかに、いたよ。読み終えたきみは、きっという。だって、ほんとうに、いっしょに歩いたんだ、って。
食い意地のはった家族がつけたから、オイモなんて名前になったけど、ほんとは「オモイ」なのかもしれない。かたちがなくたって、きっと消えないもの。
「おうおうおう」って鳴いて、ばっさばっさ尻尾をふって。だれもがもっている、忘れたって、そこにあるもの。
モモヨは、ときどき、おもう。つぶやく。
読んでるきみも、なんでだろ、っておもうだろう。立ちどまる。でも、歩きだす。オイモといっしょに。いなくなったオイモをさがして、この話ははじまる。「茶色くて細くてちょっとくさい」。でも、モモヨにとってはだいじないぬ。田んぼや、裏山、さがしては、つれかえって。
オイモはときどきしゃべる。「あめやんだね」。だけどそれは、モモヨの夢だったり。
救急車の音は、おなじ音なのにかわって聞こえる。なんて、お姉ちゃんが説明する。そういうことかなっておもったりもする。
たくさんの季節。やさしいレオンさん。いま見ていることなのか、おもい出なのか、きみは、わからなくなるかもしれない。でも、それでいい。歩いてるのが、山のなかなのか、文章のなかなのか、わからなくたって。もやもやしながら、迷子になって、それも楽しいって知るだろう。だって、オイモといっしょだから。
オイモは、たしかに、いたよ。読み終えたきみは、きっという。だって、ほんとうに、いっしょに歩いたんだ、って。
食い意地のはった家族がつけたから、オイモなんて名前になったけど、ほんとは「オモイ」なのかもしれない。かたちがなくたって、きっと消えないもの。
「おうおうおう」って鳴いて、ばっさばっさ尻尾をふって。だれもがもっている、忘れたって、そこにあるもの。
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◆作品について
『オイモはときどきいなくなる』
田中 哲弥 作 / 加藤 久仁生 画
モモヨは小学三年生。オイモはモモヨの家の犬のこと。オイモはときどきいなくなるけど、いつも暗くなるまえに帰ってくる。それが、その日は夜になっても帰ってこなかった。でも心配してるのはモモヨだけ。みんななんでか気にしてなくて。そこにいること、もうそこにはいないこと、ほんとうのこと、ゆめのこと。すべての境目が浮かんでは消えながら、『つみきのいえ』の加藤久仁生の絵とともに紡がれる、ときどきとえいえんの物語。