『はじめてのおつかい』静岡書店大賞受賞に寄せて~筒井頼子さん・林明子さんからのメッセージ~

絵本『はじめてのおつかい』が、第12回静岡書店大賞「児童書・名作部門」に選ばれました。2024年12月3日(火)に行われた授賞式にあわせて、作者の筒井頼子さん(文)と林明子さん(絵)が受賞のメッセージを寄せてくれました。
『はじめてのおつかい』が発表されたのは、1976年。今から50年近く前の制作時のエピソードをお二人とも鮮明に思い出してつづってらっしゃいます。こちらで全文を掲載いたします。ぜひご覧ください。
2024.12.9
筒井頼子さんからのメッセージ
此の度は名誉ある賞を賜りまして、有難うございました。
『はじめてのおつかい』は、福音館書店に投稿させて頂いた幾つかの物語の中から絵本の形で出版して頂いた処女作でした。その時、物語のモデルとなった長女は今、五十代も半ばとなります。過ぎ去った時の速さと重みに、胸衝かれる想いです。
本の完成後、初めてお会いした林明子さんに「あの物語にはお父さんが一度も出てこないでしょう? それが少し淋しかったから、私、こっそりお父さんを絵に登場させてしまったんだけれど、お父さんがどこにいたか、わかった?」と、聞かれたことを、懐かしく思い出します。
種明かしして下さった正解は、四頁、赤いポストの名前でした。「尾藤三」。お父さんはポストの名前で登場させて頂いたのでした。その尾藤三、こと私の夫は、三年前に他界したのですが、生前の、子ども時代から変わらず続いた趣味は「本屋通い」でした。
出張の多い仕事でしたので、出張の先々で本屋さんに寄るのが楽しみだったようです。最晩年、自立して歩くのが困難になった時でさえ、行ってみたい場所は「本屋」でした。車椅子で、本屋さんの棚をめぐりながらよく深呼吸していた夫の背中を思い出します。体力がどんなに衰えても、現実の時空を越えさせてくれる空気に、浸らせて貰える気がしていたのでしょう。
そのような夫に今回の受賞を報せることができましたなら、どんなに喜んでくれたことでしょう。
ほぼ半世紀もの間、ささやかなこの一冊を、店頭に並べ続けて下さいましたことに深く感謝いたします。ネット万能の社会となりました今、本屋さんを持続させていくことの大変さも耳にしております。けれども、本のにおいや、本からの囁きの気配に満ちた空間は、ネットが替わることのできない「心のゆらぎ」の場所であり続けると思っております。
ガンバレ! 本屋さん! フレー! フレ! 本屋さん!
そして今度とも末長く『はじめてのおつかい』をどうぞよろしくお願いいたします。できましたら、『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とん ことり』『おいていかないで』『おでかけのまえに』なども、どうぞよろしく!
『はじめてのおつかい』は、福音館書店に投稿させて頂いた幾つかの物語の中から絵本の形で出版して頂いた処女作でした。その時、物語のモデルとなった長女は今、五十代も半ばとなります。過ぎ去った時の速さと重みに、胸衝かれる想いです。
本の完成後、初めてお会いした林明子さんに「あの物語にはお父さんが一度も出てこないでしょう? それが少し淋しかったから、私、こっそりお父さんを絵に登場させてしまったんだけれど、お父さんがどこにいたか、わかった?」と、聞かれたことを、懐かしく思い出します。
種明かしして下さった正解は、四頁、赤いポストの名前でした。「尾藤三」。お父さんはポストの名前で登場させて頂いたのでした。その尾藤三、こと私の夫は、三年前に他界したのですが、生前の、子ども時代から変わらず続いた趣味は「本屋通い」でした。
出張の多い仕事でしたので、出張の先々で本屋さんに寄るのが楽しみだったようです。最晩年、自立して歩くのが困難になった時でさえ、行ってみたい場所は「本屋」でした。車椅子で、本屋さんの棚をめぐりながらよく深呼吸していた夫の背中を思い出します。体力がどんなに衰えても、現実の時空を越えさせてくれる空気に、浸らせて貰える気がしていたのでしょう。
そのような夫に今回の受賞を報せることができましたなら、どんなに喜んでくれたことでしょう。
ほぼ半世紀もの間、ささやかなこの一冊を、店頭に並べ続けて下さいましたことに深く感謝いたします。ネット万能の社会となりました今、本屋さんを持続させていくことの大変さも耳にしております。けれども、本のにおいや、本からの囁きの気配に満ちた空間は、ネットが替わることのできない「心のゆらぎ」の場所であり続けると思っております。
ガンバレ! 本屋さん! フレー! フレ! 本屋さん!
そして今度とも末長く『はじめてのおつかい』をどうぞよろしくお願いいたします。できましたら、『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とん ことり』『おいていかないで』『おでかけのまえに』なども、どうぞよろしく!
林明子さんからのメッセージ
『はじめてのおつかい』を開くと、若い頃のドキドキが蘇ってきます。筒井頼子さんの原稿を頂いた時、こどもの頃の自分のおつかいを思い出しました。たくさんの原稿の中で、ひときわ光っていたという“みいちゃん”の冒険物語は、こどもにも、昔こどもだった大人にも語りかける力を持っています。
物語絵本を描く事を夢見ていた私は緊張しすぎて、一枚目の絵を失敗してしまいました。若い編集者の柴田さんは、イラストボードに描いた私の絵を見て、もっと値段の安い紙に描いた方が、気楽に描けるのでは、と提案してくれました。
物語絵本は全く初心者で自信をなくしていた私を、柴田さんは、手取り足取り導いてくれました。二人で、絵本の場面を探して街を歩き回った事がありました。お店や坂道、看板、電柱などが、みんなみいちゃんのためにあるように思えた楽しい思い出です。
疲れて、帰りのバスに乗った時、美しい雲が夕日に縁取られて光っているのが見えました。柴田さんは、今でもあの雲を覚えているそうです。
みいちゃんが最後まで、右に向かって進んでいる事や、迷子の猫や、逃げたインコを絵本の中にみつけていただけたら嬉しいです。恩師の瀬田貞二先生に誉められて、二人で舞い上がった日や、指輪物語のように「往きて帰りし物語」に例えていただいた事は永久保存したい思い出です。
絵本ができ上がって、初めて筒井頼子さんにお会いする事ができました。私と筒井さんの家を往ったり来たりして、絵と言葉の調整をした柴田さんと三人でこの絵本を作ったという実感が湧いてきました。思えば三十歳前後の若いチームでした。
静岡書店大賞をいただいた事をあの時のチームに教えてあげたくなりました。きっと、びっくりして、大喜びする事と思います。現在の私は老人ですが、とても嬉しいお知らせでした。本当にありがとうございます。
物語絵本を描く事を夢見ていた私は緊張しすぎて、一枚目の絵を失敗してしまいました。若い編集者の柴田さんは、イラストボードに描いた私の絵を見て、もっと値段の安い紙に描いた方が、気楽に描けるのでは、と提案してくれました。
物語絵本は全く初心者で自信をなくしていた私を、柴田さんは、手取り足取り導いてくれました。二人で、絵本の場面を探して街を歩き回った事がありました。お店や坂道、看板、電柱などが、みんなみいちゃんのためにあるように思えた楽しい思い出です。
疲れて、帰りのバスに乗った時、美しい雲が夕日に縁取られて光っているのが見えました。柴田さんは、今でもあの雲を覚えているそうです。
みいちゃんが最後まで、右に向かって進んでいる事や、迷子の猫や、逃げたインコを絵本の中にみつけていただけたら嬉しいです。恩師の瀬田貞二先生に誉められて、二人で舞い上がった日や、指輪物語のように「往きて帰りし物語」に例えていただいた事は永久保存したい思い出です。
絵本ができ上がって、初めて筒井頼子さんにお会いする事ができました。私と筒井さんの家を往ったり来たりして、絵と言葉の調整をした柴田さんと三人でこの絵本を作ったという実感が湧いてきました。思えば三十歳前後の若いチームでした。
静岡書店大賞をいただいた事をあの時のチームに教えてあげたくなりました。きっと、びっくりして、大喜びする事と思います。現在の私は老人ですが、とても嬉しいお知らせでした。本当にありがとうございます。
『はじめてのおつかい』について
『はじめてのおつかい』
筒井 頼子 作 / 林 明子 絵
みいちゃんはママに頼まれて牛乳を買いに出かけます。自転車にベルを鳴らされてどきんとしたり、坂道で転んでしまったり、ひとりで歩く道は緊張の連続です。坂をあがると、お店につきました。お店にはだれもいません。みいちゃんは深呼吸をして、「ぎゅうにゅうください」と言いました。でも、小さな声しかでません。お店の人は、小さいみいちゃんには気がつかないみたい……。小さな女の子の心の動きを鮮やかに描いた絵本です。

●筒井頼子(つついよりこ)=写真左 1945年、東京に生まれる。埼玉県立浦和西高校卒業後、広告会社などに勤務。その後、絵本、童話などの創作をしている。主な絵本に『はじめてのおつかい』『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とんことり』『おでかけのまえに』『おいていかないで』、童話に『ひさしの村』『いくこの町』『雨はこびの来る沼』(以上、福音館書店)などがある。1989年にアメリカのエズラ・ジャック・キーツ賞新人作家賞を受賞。宮城県在住。
●林明子(はやしあきこ)=写真右 1945年、東京に生まれる。横浜国立大学教育学部美術科卒業。絵本に『こんとあき』『はじめてのおつかい』『おでかけのまえに』『でてこい でてこい』『きょうはなんのひ?』『おふろだいすき』『はっぱのおうち』『ぼくのぱん わたしのぱん』「くつくつあるけのほん」全4冊(すべて福音館書店)などがある。
筒井 頼子 作 / 林 明子 絵
みいちゃんはママに頼まれて牛乳を買いに出かけます。自転車にベルを鳴らされてどきんとしたり、坂道で転んでしまったり、ひとりで歩く道は緊張の連続です。坂をあがると、お店につきました。お店にはだれもいません。みいちゃんは深呼吸をして、「ぎゅうにゅうください」と言いました。でも、小さな声しかでません。お店の人は、小さいみいちゃんには気がつかないみたい……。小さな女の子の心の動きを鮮やかに描いた絵本です。

●筒井頼子(つついよりこ)=写真左 1945年、東京に生まれる。埼玉県立浦和西高校卒業後、広告会社などに勤務。その後、絵本、童話などの創作をしている。主な絵本に『はじめてのおつかい』『あさえとちいさいいもうと』『いもうとのにゅういん』『とんことり』『おでかけのまえに』『おいていかないで』、童話に『ひさしの村』『いくこの町』『雨はこびの来る沼』(以上、福音館書店)などがある。1989年にアメリカのエズラ・ジャック・キーツ賞新人作家賞を受賞。宮城県在住。
●林明子(はやしあきこ)=写真右 1945年、東京に生まれる。横浜国立大学教育学部美術科卒業。絵本に『こんとあき』『はじめてのおつかい』『おでかけのまえに』『でてこい でてこい』『きょうはなんのひ?』『おふろだいすき』『はっぱのおうち』『ぼくのぱん わたしのぱん』「くつくつあるけのほん」全4冊(すべて福音館書店)などがある。
静岡書店大賞について
2012年に始まった、静岡県内の書店員・図書館員が最も読んでもらいたい本を選ぶ賞。「小説部門」「児童書・新作部門」「児童書・名作部門」などがある。今年2024年は第12回が開催された。
静岡書店大賞事務局HP:https://sstaisyou.eshizuoka.jp/
静岡書店大賞事務局HP:https://sstaisyou.eshizuoka.jp/