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木いちごのまわり 岸田衿子
野山で木いちごを一コみつければ、すぐに五、六コはみつかる。それはまたたくまに十コ、二十コになり、右手でもいで、左のてのひらに受けとめていたのがいっぱいになって、やっぱり籠をもってくるんだった、と後悔する。私たちの子どものころだから、今みたいにビニール袋なんて便利なものはないから、いつでも籠だった。木いちごがきらい、という子どもに会ったことはない。ごくたまにきらいだという不幸な子がいるとすれば、木いちごの汁が着ているものについてとれないのを恨んでいる親の子だと思う。
今でも私は木いちごとか、山の木の実を探しているとき、すぐ斜めうしろに、何ものかのけはいを感じている。人間より重みも厚みもある黒っぽい物体―足の裏もずっと大きそうだ―、クマにちがいなかった。ふり向くわけにはいかないが、もしかして仔グマかもしれない、というかすかな希望を抱きながらも、いそいで歩き出す。私たちの行くてには、もう一つの小さいすばしっこいもののけはいがある。たぶん、リスなのだ。きらきら光る紅い実は、人間を招き寄せるばかりじゃないのだから。そんな獣たちが、よく聞きとれないことを呟いているのが、聞こえてくるような山道。
子どもたちは、ある時期にはこうしたけはいを感じながら育たないと、おなじ生きものとして大切なものが欠落した人間になってしまうようだ。教室よりも野山はたくさんいいことを教えてくれる。
リスや小動物はしじゅう見かけるが、山ブドウや木イチゴをとっている時に限って、うしろからクマに肩を叩かれそうな気がした。だからけはいという字は、毛深いの毛に生えるという字だったかな? と思ったりもした。
◆
二十年ばかり前、色の絵本というシリーズで亡くなった堀内誠一さんと赤い絵本(世界出版社・絶版)を受けもった。「あの本をもう一度作りたい」という堀内さんの遺志をついで、昔の本を下敷きに娘の紅ちゃんに同じ貼り絵を試みてもらって、以前より幼いクマの子が登場する、新しい絵本が生まれることになった。この絵本の校正を見ている私たちの斜めうしろのあたりに、いつも堀内さんのけはいを感じていた。
基本情報
- カテゴリ
- 月刊誌
- ページ数
- 24ページ
- サイズ
- 21×20cm
- 初版年月日
- 1989年05月01日
- シリーズ
- こどものとも年少版
- ISBN
- ー
- テーマ
- ー
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