いちごばたけの ちいさなおばあさん

こどものとも|1973年5月号

いちご畑の土の中に住んでいる小さなおばあさんの仕事は、いちごに赤い色をつけることでした。ある年、春はまだなのに暖かくなって花が咲きはじめたので、おばあさんは大忙し。地中の奥深くから水を汲みあげてお日さまの光を混ぜ、石の粉を入れて赤い水を作ると、せっせといちごの実を染めていきましたが、雪が降ってきて……。身近な自然の不思議を感じさせるファンタジーです。

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自然をなくした子どもたちへのおくりもの  わたり むつこ

 「ライオンはね、一度、自分の子どもを、谷底につき落とすんだよ。それで生き残った強い者だけ、育てるんだ」
 父親は、むすこにつづけていった。「そろそろ、おまえも捨てよう。ひとりになったとき、どうやって暮らしていくか、よく考えて紙にかいておいで」
 小学一年生のむすこは、かなりショックをうけた様子で、長いこと、深刻そうに机にむかっていたが、やがて箇条がきにしたノートを、もってきた。それには、こう記してあった。
 ●走ってあかりがいっぱいついているところにいく。●記号のあるところへいって「どこどこ」とか、かいてあるところをみながらいく。●おじさんに交番はどこ?ときく。●「やさしいおじさんですか」ときいて、その人とくらす。●ラーメンやとかそばやにいきながらくらす。(原文のまま)
 ラーメンやとかそばやとかの項に至って、ついほろりとさせられたが、こんな程度で、ひとりで暮らしていけると思ったら情けない。なんとか自分だけの力で暮らしていこうとする迫力が欲しいという親心で、「ラーメンやそばは、ただで食べられないでしょう?」というと、そうかというような顔をして、まもなくかきたしてきたので、みると、
 ●おお金もちの人に、お金をもらってかう。●おお金もちの人に五〇〇円もらって、電車でかえる。●三角のおうちをたててもらう。ときた。おお金もちの方がけちだとか、やさしいおじさんですかときいて、はいそうですよなどと答えるおじさんにかぎって、こわい人だったりすることを、むすこは全く知らない。それよりもなによりも、かつて人間がもっていたはずの狩猟本能など、全く消えうせて、土から何かを生産するとか、草や木の実をとって食べるとか、川にでて魚をとるといった発想はまるきりわいてこないらしい。当然、そこから得られるいきいきとした世界の広がりとか、生命のよろこびみたいなものは、実感できないのだろう。都会のコンクリートの箱の中で育ってきたのだから、仕方がないと思ってはみるものの、失った自然とともに、緑の育たない子どもの心の中をのぞいたようで、捨てると言った親の方が、ふさぎこんでしまった。
 ピアスの「トムは真夜中の庭で」という作品の中で、トムはとびらのむこうに、現実にはあるはずのない庭の広がりを発見するが、トムが遊んだような芝生や、ヒヤシンスやばらやサクラ草がさきみだれる花壇、菜園やいけがき、樹木におおわれた庭園の世界があれば、わたしはすぐにでも、そこに子どもをほうりこんでやりたい。そこでなら、やさしいおじさんかどうか確かめなくとも、おお金もちに五〇〇円もらわなくとも、いごこちのよさそうなイチイの木にのぼり、りんごをかじって暮らせるだろう。
 幼い日のわたしは、戦争のために、いささかみじめだったけれど、さいわい身をよせた祖母のもとには、広い庭があって、心を解きはなつことができた。大所帯を養うために、祖母はいつも庭にでて、あちこちとたがやし、ざるに収穫物を盛りあげてかかえてきた。ねぎ、トマト、なす、さやえんどう、かぼちゃ、菜っぱ類など、食べられるものなら、なんでも植えてあった。とうもろこしの“林”の中にもぐりこんで、祖母につくってもらった梅ぼし入りの竹の皮をしゃぶりながら、かさかさという葉ずれの音をきき、細長い顔の赤毛の仲間をみあげて考える。いつあの赤い毛を、わたしの人形の髪にゆずってもらえるだろう。うれたざくろは、赤い歯をむきだして、にかにかと笑いかけてきて、幹もごつごつしているし、気味悪いと思ったが、手のひらにのせてみるざくろの実は、宝石のようにみえた。ももは、祖父の誕生日に実をもぐことになっていて、すぐにでも食べられそうなのに、まだまだとがまんして、たっぷりひを浴びてうれきったももを、誕生日に、丸ごと指でするすると皮をむきながらかぶりつくその味は、天からのおくりもののようだった。広い庭の中でも、いちごを植えた一角は、特別扱いでそばにいってしゃがんだだけで、とってはだめだめという監視人がおおぜいいた。人にみつからないように、夕暮れにそっとしのんでいって、葉をかえしてみると、いちごの赤い実が、きらりと光ってみえるような気がするほど、魅惑的にみえた。いちごほど、葉の下で、ひそかに、だれかが色をつけていると思える植物はなかった。そのころ、わたしは、小人――もっと厳密にいえば、わたしよりも、ずっとずっと小さなおとなに会いたいと、恋いこがれるような気持ちになったことがある。そのつもりで、夜、耳をすましていると、庭でなにか小さなものが走っているような、かさかさという音がきこえてくる。庭のそちこちに実をならせたり花をさかせたりする小さな番人がきっといるにちがいないと思った。
 今ではもう、小人がかけまわったかもしれない庭には、家が建ってしまった。いまごろ“いちごばたけのおばあさん“も、仕事がなくなって、ほかの小人たちと、どこかへ引っ越したかもしれない。けれど、だんだんと、いくところがなくなるだろうなと思うと、きゅんと胸が痛む。
 へいのむこうに、ふたたび、庭が広がり、自然のさざめきの中に、緑の光や影の中にひきずりこまれてみたい。首尾よく、わたしがその中に立つことができたら、コンクリートや車のおりの中から、子どもをつれだして、その中にときはなってやりたいと思う。
 ともかく、自分がこれまでにくぐりぬけ、吸収してきたものの中から、わたしはわたしなりにしかできないけれど、子どもの心の中の土を一生懸命たがやしていきたいし、未来を信じて、そうしなければならないと思う。
 
 絵本をつくることは、わたしの長い間の夢だった。ようやく夢が実現したわけだが、そのはじめての絵本を、中谷千代子さんと組んで、“いちごばたけのちいさなおばあさん“に、新しい生命を吹きこんでいただけたことを、うれしく思っている。小さなおばあさんが、たくさんの小さな子どもの心の中にはいりこんでいってくれるなら、もうおばあさんは、引っ越し先の心配をすることもない。

基本情報

カテゴリ
月刊誌
ページ数
32ページ
サイズ
26×19cm
初版年月日
1973年05月01日
シリーズ
こどものとも
ISBN
テーマ

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