日々の絵本と読みもの

なぜヤギの名前は“がらがらどん”なのか?『三びきのやぎのがらがらどん』

『三びきのやぎのがらがらどん』

「おれだ! おおきいやぎの がらがらどんだ!」と、やぎは いいました。
それは ひどく しゃがれた がらがらごえでした。


山の草をたべて太ろうとする3匹のヤギと、谷川でまちうけるトロル(おに)との対決の物語、『三びきのやぎのがらがらどん』。ノルウェーの有名な昔話を絵本にしたもので、コールデコット賞に3度輝いた、アメリカを代表する絵本作家マーシャ・ブラウンが、1957年に出版した絵本です。

日本では、瀬田貞二(せたていじ)さんの翻訳で1965年に出版し、以来、60年近くにわたって、多くの子どもたちに親しまれています。特に保育現場では、園児たちが「がらがらどんごっこ」をして遊んだり、劇遊びの演目として演じられたり、だれもが一度は楽しんだことがあるのではないでしょうか。

本国アメリカでは、現在、初版と同じハードカバー版では出版されておらず、ペーパーバック版で刊行されているのみのようですが、日本では、現在183刷(2024年9月時点)とおかげさまで版を重ねつづけています。そんな日本での人気ぶりを語る上で欠かせないのが、瀬田貞二さんの日本語、翻訳です。

『三びきのやぎのがらがらどん』は、橋の向こう側の山で、たくさん草を食べようと考えた、3匹のヤギ――小さなヤギ、中ぐらいのヤギ、大きなヤギ――名前はいずれも「がらがらどん」が、順に橋をわたり、途中で谷に住むトロルに出くわし、名を名乗り、次にもっと大きい「がらがらどん」が来ると言って危機を回避していき、最後に大きいヤギの「がらがらどん」が、ついにトロルと対決するというお話です。

ここで、ヤギたちが橋をわたるときの“音”に注目してみたいと思います。瀬田貞二さんの翻訳した日本語では、

さて、はじめに、いちばん ちいさいやぎの
がらがらどんが はしを わたりに やってきました。
かた こと かた こと と、はしが なりました。


と訳されています。原文の英語ではどうでしょうか。

So first of all came the youngest
Billy Goat Gruff to cross the bridge.
“Trip, trap! trip, trap!” went the bridge.


となっています。つぎの、中ぐらいのヤギでは、

【日本語】 がた ごと がた ごと と、はしが なりました。
【英語】 “Trip, trap! trip, trap! trip, trap!” went the bridge.


さらに、大きなヤギでは、

【日本語】 がたん、ごとん、がたん、ごとん、がたん、ごとん、がたん、ごとん と、はしが なりました。
【英語】 “T-r-i-p, t-r-a-p! t-r-i-p, t-r-a-p! t-r-i-p, t-r-a-p!” went the bridge.


となっています。ヤギたちの足音は、英語ではいずれも「トリップ、トラップ」ですが、瀬田さんの翻訳では、小さいヤギは「かたこと かたこと」、中くらいのヤギは「がたごと がたごと」、大きいヤギは「がたんごとん がたんごとん」と、少しずつ音を変化させているのです。


この音の違いによって、三びきのヤギのそれぞれの大きさや重さ、さらには繰り返しのたびごとに次第に物語の緊張が高まっていく様子がよく伝わってきます。

また、「がらがらどん」という名前についても注目してみましょう。絵本の題名『三びきのやぎのがらがらどん』の原題は、“The Three Billy Goats Gruff”です。「Billy Goat」は「成長した雄山羊」のこと、「Gruff」というのは「しわがれ声の」というような意味です。ですから、原題を直訳すると、「しわがれ声の3匹の雄山羊」といったところでしょうか。

これを瀬田さんは、しわがれ声を子どもたちにもわかりやすい「がらがら」という擬音に、そして昔話にでてくる「長者どん」「太郎どん」などの親しみを込めた敬称をつけて、「がらがらどん」と訳したのです。

どうでしょうか。この印象的な、一度聞いたら覚えてしまう「がらがらどん」という名前でなければ、同じ名前を持つ小・中のやぎが、トロルとの問答で自分たちの名を名乗って危機を回避し、最後に大きなヤギが「おれだ! おおきいやぎの がらがらどんだ!」と、“しゃがれた がらがらごえ”で名乗り、ついにはトロルを打ち負かす場面が、こんなにも子どもたちの心をとらえることはなかったかもしれません。
 


担当F 瀬田貞二さんの『三びきのやぎのがらがらどん』の翻訳については、『子どもの本のよあけ ―瀬田貞二伝』を大いに参考にしました。「第二章『絵本論』――「がらがらどん」と「おだんごぱん」と」では、さらに“でんがくざし”や“おおきないしも二つある”など、ちょっと難しい言い方についての話題もあり、とても興味深い内容になっています。興味のある方は、ぜひこちらの本も手にとってみてください。

2024.09.30

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