あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ|岸本佐知子さん『おばけと友だちになる方法』

みなさんは、おばけと出会ってしまったら、どうしますか? 新刊『おばけと友だちになる方法』は、おばけと「運よく」出会ってしまった人のために、おばけとのつきあい方を「取扱説明書」形式でユーモラスに指南する、カナダ発の絵本。おばけが好きな子も、ちょっぴり怖い子も、おばけを信じるすべての子どもたちにおすすめの一冊です。あのねエッセイでは、訳者の岸本佐知子さんが、西洋と東洋のおばけのイメージの違いや、絵本に登場するおばけの魅力について、たっぷりと語ってくださいました。

おばけとマシュマロ

岸本佐知子


たぶんこれを読んでいるみなさんの多くはまだ生まれていないぐらいの大昔、『オレたちひょうきん族』というお笑い番組があって、そこでマイケル・ジャクソンの「スリラー」のMVのパロディをやったことがあった。本家の「スリラー」は、ゾンビに扮したマイケルが大勢のゾンビたちとキレのある群舞をするのが最高だったのだけれど、『ひょうきん族』ではそれを日本のおばけに置き換えて、完コピしてみせた。一つ目小僧やろくろっ首や雪女やからかさお化けが、本家顔負けのキレッキレのダンスをするのが本当におかしくて、腹がよじれるほど笑ったのだけれど、あれはたぶん西洋と東洋の「おばけ」のイメージの落差が笑いを生んでいたのだ。日本の伝統のおばけたちは、なんとなく湿気が多くて、関わるとあとあと面倒そうなのが多いけれど、西洋のおばけはどこか湿度低めで(口から変な汁は垂れているけれど)、怖いなりに、なんとなく人間の理屈が通じそうな気がする。

ハロウィンが、死者がよみがえるお祭りなのにあんなに楽しそうな理由も、きっとそのへんにあるのだろう。テーマカラーはオレンジ、紫、黒。カボチャにコウモリ、黒猫にクモの巣。こわ可愛くて、フレンドリー。あっちの死者たちは生きている私たちと地続きで、意外と話とか合いそうだ。

なんていうことを、『おばけと友だちになる方法』を訳しながら考えていた。女の子がおばけと仲良くなるさまがハウツー本の形式で語られていくのだが、このおばけがもう最高に可愛らしい。真っ白でふわふわ、バラ色のほっぺ。「こわ可愛い」の「こわ」は限りなくゼロで、「可愛い」に全振りしている。このおばけがマシュマロとまちがえられて食べられそうになったり、好物のおやつ(“鼻くそのピクルス”や“爪のあかのジャム”などなど)をもらって喜んだり、クモの巣の天蓋つきの寝床ですやすや寝たりするたびに、愛くるしさに悶絶した。でもそうやって可愛いさにキュンキュンしていると、最後に不覚にも胸を突かれて涙腺が崩壊した。この最後の章があるから、私はこの本をぜひ訳したいと思った。

こんなおばけになれるんだったら死ぬのも悪くないなと思う。でもどうだろう、やはり土着のニホンジンの私は、こんなふわふわと可愛いおばけにはなれない気がする。「うらめしや」とか言いそうだし、そのくせ口から変な汁も垂れていそうだ。



岸本佐知子(きしもと・さちこ)
翻訳家。おもな訳書に、S・タン『遠い町から来た話』、L・ベルリン『掃除婦のための手引き書』、N・ベイカー『中二階』、編訳書に『変愛小説集』『居心地の悪い部屋』『コドモノセカイ』など、著書に『ねにもつタイプ』(講談社エッセイ賞受賞)『死ぬまでに行きたい海』などがある。

2021.09.01

  • Twitter
  • Facebook
  • Line

記事の中で紹介した本

関連記事