『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー

『やぎのグッドウィン』刊行記念 訳者・こみやゆうさんインタビュー 第1回

真っ白いオスやぎのグッドウィンは、おいしそうなゴミを見つけて、くちゃくちゃと噛むのが大好き。それがある騒動を引き起こし――。
10月に刊行した『やぎのグッドウィン』は、『くまのコールテンくん』(松岡享子訳、偕成社)の作者としても知られるドン・フリーマンの未発表原稿を元に作られた、アメリカの翻訳絵本です。訳を手がけたのは、注目の児童文学翻訳家・こみやゆうさん。都内のご自宅を訪ね、本書グッドウィンの魅力、翻訳のお仕事、ご自宅で開かれている家庭文庫のことなど、たっぷりお話を伺ってきました。全5回でお届けいたします。

第1回 グッドウィンの魅力って?



――『やぎのグッドウィン』にはどんな魅力があると思いますか? 

まず、やぎのグッドウィンが絵の具チューブを噛んでぐちゃぐちゃにするのが好きというのが、子どもたちにしたら楽しいですよね。ふだん、服でも部屋でも、とにかく汚しちゃいけないと言われている子どもたちは、グッドウィンが「プシュッ! プシュッ!」って絵の具をぐちゃぐちゃにして、体中絵の具だらけになっているのを、「そんなことやって怒られないの?」とドキドキしながらも、絵本の中で一緒になって欲求を発散するんだと思います。



しかも、お話としては、そんなグッドウィンのやんちゃっぷりがきっかけで、飼い主のマックダフさんと絵かきのフィップスさんが知り合って、最後には仲良くなる。その満足感も子どもにとってはうれしいのだと思います。

作者のドン・フリーマン(1908-1978)が、絵本作りについて語った講演録を読んだのですが、絵本のストーリーには、“suspense(サスペンス)”が必要で、次に何が起こるのか期待させるのが大事だと言っている。彼は、若い頃、ニューヨークに行って、トランペットで生計を立てながら絵を学んだのですが、よく劇場に行ってスケッチをしていたそうです。だから、演劇についても詳しい。演劇って次に「何が起こる?」という興味で見る人を引っ張っていきながら、2時間なら2時間のなかで収めなくてはいけない。絵本も同じで、32ページや48ページという制限の中で、次のページをめくったときに何が起こるのかをいかに見せていくのが大事だというのを強調していました。

――『グッドウィン』でも、絵の具で色とりどりになったグッドウィンが、町中の人の注目を集めて、だんだん大ごとになっていく、という展開がありますね。

そうですね。町の人がどんどん見物にやって来て、それがまた飼い主のマックダフさんたちのお金儲けになりますが、本人は、そんな風に注目されるのがイヤで、逃げ出してきれいさっぱりしちゃうという展開が面白くて、ぼくは好きですね。
 



――作者のドン・フリーマンは『くまのコールテンくん』の作者としても知られています。

『くまのコールテンくん』は、うちでやっている文庫でも子どもたちに人気です。やっぱり夜の世界が子どもたちにとったら未知の世界ですし、まして、閉店後の夜のデパートを冒険するというのがドキドキするんですよね。それから、服のボタンがとれていて、誰にも買ってもらえなくて寂しい思いをしているコールテンくんが、最後には、ある女の子に買ってもらって自分の居場所ができるというのが、ホッとできてうれしいんだと思います。
 



そういう意味では、少し訳を工夫したところでもあるのですが、グッドウィンも、はじめは仲間がいなくて、ひとりぼっちで過ごしていたんですよね。ゴミを見つけてくちゃくちゃして楽しく暮らしてはいたけれど。ただ、その最初にひとりぼっちだったというところがあるから、最後にマックダフさんがメスのやぎを連れてきてくれて、一緒に末永く幸せに暮らしましたという終わり方に、読者は満足感を覚えるんだと思います。

――絵本のあとがきに、ドン・フリーマンの息子のロイ・フリーマンの言葉が寄せられています。それを読むと、お話の元は、ドン・フリーマン夫妻の実体験だったそうですね。

ドン・フリーマンは、もう一つ、絵本作りで大事なこととして、お話を作るときに自分自身がうれしい気持ちにならないとうまくいかないとも言っていました。コールテンくん同様、グッドウィンも幸せな居場所ができるというハッピーエンドもそうですが、この絵本は、実際にドン・フリーマンの奥さんのリディアが絵を描いていたときのエピソードが元になっているそうです。彼女が目を離したすきに、近くにいたやぎが絵の具をくちゃくちゃ噛んでいた……という。その話をよく思い出しては、夫婦で笑っていたそうです。もちろん、それは創作のきっかけにすぎなくて、そこから出発して、どうストーリーを組み上げていくかが大事なんですけど。ただ、そういう自分たちの楽しい思い出を本にすること自体は、やっぱり彼にとって喜びだったと思うんですよ。その気持ちが、読む子どもたちにも届くんだと思います。
 



ドン・フリーマンは、奥さんのリディアを大変尊重していたようです。彼の絵本のデビュー作『機関車シュッポと青いしんがり貨車』(山下明生訳、BL出版)は、リディアが文を書いていて、二人で息子のために作った共作の絵本です。クレジットとして名前が載っている共作は、ほかにおそらくあと1冊だけですが、その後も、彼女の言葉からインスピレーションが湧くことが多かったようで、絵本のダミーを作ってもすぐには編集者に送らず、彼女に読んでみて、言われたことを受けて、何回も構成を練って絵本を作っていたということです。

息子のロイ・フリーマンが作ったドン・フリーマンのホームページがあるんですけど、見てみたら、YouTubeのリンクが貼ってあって、ドン・フリーマンの絵本作りを記録した短いドキュメンタリー映像が見られたんです。たぶん、『とんでとんでサンフランシスコ』(山下明生訳、BL出版、原書Fly High, Fly Lowは1957年刊)を作っているころの映像で、ラフを描いたり、トランペットを吹いたりしているんですけど、最後のほうで、リディアが「あなた、出版社から手紙が来たわよ」という場面があって、彼が封をあけて読んだら「『とんでとんでサンフランシスコ』の企画が通った! やった!」って、リディアとキスするシーンがあるんです。そのシーンが3カットぐらい、別のアングルから撮られていて、その演出が妙におかしかった(笑)。15分くらいの短い動画なので、ぜひ見てみてください。

写真3・4枚目 『やぎのグッドウィン』より
写真5枚目 開いているのは『くまのコールテンくん』
写真6枚目 こみやさんが自宅で開いている家庭文庫の棚。ドン・フリーマンの絵本がずらり


第2回につづきます)

2019.12.26

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