『家をせおって歩く かんぜん版』刊行記念対談 「やっぱり本はすごい。」@紀伊國屋書店新宿本店(後編)
福音館の社員が参加したイベントのご報告をするこちらのコーナー。今回は、4月10日に行われた、絵本『家をせおって歩く かんぜん版』の刊行記念対談の様子をお届します! 作者の村上慧さんは、印刷から製本、物流から書店まで、この絵本が読者に届くまでの様子を取材している真っ最中。当日は、ブックコーディネーターの内沼晋太郎さんをお迎えして、「本」についてのお話が盛り上がりました。
「本」という形になると、魔法がかかる
内沼:ぼくはずっと本の仕事をしてるんですけど、村上さんが「家」とか「住む」っていうことに関して色々考えて問い直してるところを尊敬してるんです。「本」とはどういうものかっていうことが、本を売ったり作ったりすればするほどわからなくなっていく。さっき『家をせおって歩く』が本になって、「これでいい」と思ったっておっしゃってたじゃないですか。それってどういう気持ちなのか、もう少し説明してもらってもいいですか。
村上:展覧会だとドローイングを貼ったり、映像を上映したりするんですけど、「住んでいる」ことの総体をこの本ほど簡潔に分かりやすく見せてくれるということがなかったんですよね
内沼:展覧会で絵本の中身と同じものを全部展示しても、そうはならないんですかね。
村上:ならないですよ。例えば写真と文章を同じ壁に貼ったりしてもできない。本になると、ぼく個人の営みが公共のものになったっていう感じがするんですよね。本の「めくって読む」っていうフォーマットはあらかじめ共有されていて、そこにぼくが落とし込めばいい。ばらばらの紙が綴じられた瞬間に、魔法がかかるように思えたんです。
内沼:それは、こういう順番で読むんだぞっていうフォーマットっていうことですかね。展覧会の空間だと、さあどこからでも見てくださいっていう風になりやすいってことですか。
村上:展覧会の時は、説明的にしたくないと思うんですよね。でも本は、文章をベースにして説明するものじゃないですか。だから説明的になることが全然嫌じゃないんですよ、本にすることに関しては。それが面白い。
内沼:そうかもしれないですね。
ルールの中で、いかにぶっ飛べるかを考えたい
村上:さっき、本があまりにも商品として優れてるから、作る過程が存在していることが全然分からないって話をしたじゃないですか。そのマインドではまずいなと思って。自分が取材してみて思ったんですけど、ここにあるもの、ぼくは何も作れないですよ。でもそれぞれその背後に、作っている人がいるわけですよね。それをすっ飛ばしてものを見ちゃってるのって、完全に消費者マインドじゃないですか。スウェーデンでは、自分の家の外壁とかを土日に直してるんですよ。つまり、家を消費物ではなく、自分でカスタマイズするものとして見ている。そこと近いですね興味は。あとは、話が飛ぶんですけど、よく通る駐輪場の管理人のおじさんが駐輪場内で、冬にマラソンしてたんですよ。それ見て感動しちゃって。運動したいし、寒いしっていうのを、自分の業務の範囲内で解決してるんですよ。これはすごいなと。
内沼:業務範囲内でいかに楽しもうとするか。
村上:与えられた場所があって、与えられた役割みたいなのがあって、その中でいかに楽しむかっていうことにも興味があります。あるルールの中でこれができました、というふうに、まさに近所の駐輪場のおじさんのマインドなんですけど(笑)。自分のあり方を、与えられた場所の中で作っていくっていうことこそ、ぼくが今一番考えたいこと。
内沼:ルールの中で、というのは、ルールを逸脱すれば何でもできちゃうからっていうことですか。
村上:そうですね。やっぱりルールがあるから自由が生み出せると思う。
内沼:ルールがある中でやるからかっこいいと。
村上:それもあるけど、ルールを課されてる中で、いかにぶっ飛ぶかっていうことに一番興味がある。
内沼:ぶっ飛ぶことによって、いかにみんなが実はルールになってないところまでを、ルールだと思いこんでいるかに気がついてもらうということですよね。
村上:駐輪場の中で走ってはいけませんとかいうのは、契約書になかったと思うので。管理はしなくちゃいけない中で、自分の運動不足と寒さとかという必然性を満たしてる。そこが美しいなと思って。
一つ一つのものの「背景」を分かって生きる
内沼:『家をせおって歩いた』の中にもありましたけど、村上さんはいろいろバイトをするじゃないですか。労働っていう本当に狭いルールの中で生きなきゃいけないところにあえて身を置いて、その後こうやって家を背負って歩いたりとかして、それを往復することで「あり方」について考えてると思うんですけど、バイトをしてる時って、実際にその中で楽しもうとしたりするんですか。例えばビアガーデンで働いてる時に踊るみたいなこととか。
村上:新宿のアイリッシュパブでバイトしてたんですけど、注文を受けるとハンディを打つんです。「33卓、ビール」って。するとカウンターではビールが出てきて、そこに33卓って書かれてるチケットというものが置かれて、ホールにいる人はチケットも一緒に回収してビールをお客さんに渡すんですけど、その後にチケットを捨てるんです。ルールとしては別に書いてないんですけど、暗黙のうちにみんな捨ててる。ぼくはこれを全部取っておいた(笑)。チケットをくしゃって丸めた形が一番美しい形だと思って、僕の労働の一瞬がここにある!と。これがいっぱい溜まって、おととしこれをたくさん見せる展覧会をしました。そういう遊びはやってないと耐えられないですね。
内沼:なるほど。そもそも、ハンディのようなものがある飲食店で働いたことなければ、おそらくチケットの存在すら知らないと思うんですよね。そういうものが背後にあって、そしてそこで働いてる人たちによって、「ビールください」って言った時にビールが出てくるということを、きちんと分かって生きていきたいですね。これが今日のトークイベントの結論ですよ。本のトークイベントだけど、あえて「本を作ってる人」にスポットを当てるイベントだったっていうことで。綺麗にまとまったような気がする(笑)。
村上:以上です! ありがとうございました。
村上慧(むらかみ・さとし)
1988年生まれ。東京都育ち。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。アーティスト。2014年4月から自作した発泡スチロールの家を使っての生活を始める。他の著書としてこの生活の1年分の日記をまとめた著書「家をせおって歩いた」(夕書房)がある。
内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)
1980年生まれ。NUMABOOKS代表。ブック・コーディネーター。2012年、ビールが飲めて毎日イベントを開催する新刊書店「本屋B&B」を東京・下北沢に、博報堂ケトルと協業でオープン。ほか、株式会社バリューブックス社外取締役、「八戸ブックセンター」ディレクターなど、本にかかわる様々な仕事に従事。著書に『これからの本屋読本』(NHK出版)、『本の未来を探す旅 台北』(共著・朝日出版社)など。
2019.05.30
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