あのねエッセイ

今月の新刊エッセイ特別編|奥 修さん『珪藻美術館 ちいさな・ちいさな・ガラスの世界』

毎月1冊書籍の新刊をとりあげ、著者エッセイをお届けしている「あのねエッセイ」。今月は特別に、月刊誌の著者エッセイをお届けいたします! 「たくさんのふしぎ」6月号は、ガラスでできた殻をもつ「珪藻」という藻の美しさを堪能できる『珪藻美術館』。肉眼では見えないミクロの世界に誘います。

もう一つの風景

奥 修


人間の目で形がわかる限界のサイズは0.3ミリメートルくらいで、それよりも小さなものは点にしか見えません。ふだん私たちはそれよりも大きなものだけを見て暮らしています。
ところが世の中の全てのものは、素粒子、あるいは原子・分子に始まる、とても小さなものからできています。生き物も、1ミリメートルに満たない原生生物や、もっと小さな千分の1ミリメートルくらいの細菌類もいます。珪藻はどこにでもいますし、ほかの、藻の仲間もごくありふれたものです。カビはどこにでも生えてきますし、放置した食品には細菌が沸いて腐ります。目に見えないもう一つの世界があるのです。

もし顕微鏡を手にすれば、このもう一つの世界に足を踏み入れることができます。手近なものを、何を覗いても、きっと見たことのないものばかりでしょう。泥をよく洗ってみると鉱物がたくさん見えますし、水の中の生き物も手軽に観察できます。顕微鏡のレンズ越しに、もう一つの風景を眺めることができるのです。

その「もう一つの風景」の中で、多くの人がもっとも美しいと評価してきたものが珪藻です。おもちゃ箱をひっくり返したような、いろいろな形。豪華な、あるいは繊細な模様。まるで精密機械のような整然とした構造。大きなもので0.3ミリメートルくらいで、ほとんどが0.1ミリメートルにも満たないこの小さな小さな生き物が、過去から現在まで、多くの人の心をとらえて離さなかったのです。
 しかし、泥にまみれていたり、割れて破片になっていたり、たくさん重なって何が何だかわからなくなっていたら、さすがの珪藻も、人の心を打つ存在にはならないでしょう。でも、その一方で、もし、何もない空間に傷も汚れもない完璧な珪藻が浮かんでいたら、珪藻そのものの姿を心ゆくまで味わうことができるでしょう。
 そこで私は、完璧な珪藻の姿をご覧いただけるように、傷も汚れもない珪藻の殻を、少しの汚れもないプレパラートにするという仕事をしているのです。せっかく大自然が生み出してくれたこの不思議なカッコイイものを、カッコイイままに、みなさんに見て欲しいのです。

(写真:奥 修)


奥 修(おく・おさむ)
1968年宮城県生まれ。東京水産大学(現・東京海洋大学)水産学研究科博士後期課程修了。博士(水産学)。科学技術特別研究員、学振特別研究員、明海大学・東京海洋大学、高知大学・三重大学で非常勤講師を歴任。現在は珪藻や放散虫のプレパラートを販売する「ミクロワールドサービス」の代表を務める。著書、共著書に『吸光光度法ノウハウ』(技報堂出版)、『ずかんプランクトン』(技術評論社、一部監修)、『東京湾-人と自然のかかわりの再生』(恒星社厚生閣、分担執筆)、『珪藻美術館 Diatoms Art Museum』(旬報社)など。日本プランクトン学会、日本海洋学会、日本環境教育学会会員。子どもに向けた単著は本作がはじめて。ホームページ:ミクロワールドサービス https://micro.sakura.ne.jp/mws/

2019.04.26

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