絵本作家の誕生日

9月24日 長新太さん|ナンセンス絵本の第一人者

月に1回、その月にお誕生日を迎える作家・画家とその作品をご紹介する「絵本作家の誕生日」。9月24日は、ナンセンスな作風で知られる長新太さん(1927-2005年)のお誕生日です。

ナンセンス絵本の第一人者

長新太さん(1927年9月24日生まれ)


さかな型飛行機に乗りこんだネコの一団が、空を飛んでいきます。飛行機から釣り糸をたれ、とった魚を食べています。丸窓から見えるネコたちの顔はうれしそう。その後、クジラに食べられそうになったり、UFOに遭遇したり、イヌに食いつかれたりと、色々なことがおこりますが、最後には「ただいまー」と無事に戻ってきました。「ごろごろ にゃーん ごろごろ にゃーん と、ひこうきは とんでいきます」のくりかえしが心地よい絵本、その名も『ごろごろ にゃーん』。ペンで画面いっぱいに描かれた絵は、一度見たら忘れられません。

この絵本が最初に「こどものとも」1976年1月号として刊行されたとき、大人たちはみんなびっくりしました。「わけがわからない」「こういう本を出されてはこまる」など、疑問やとまどいの声がわきおこりましたが、この絵本が子どもたちのもとに届くやいなや、子どもたちからは圧倒的な支持を受けたのです。

作者の長新太さんは、この絵本についてインタビューでこう語っています。  
― 大人はどうしても、理屈の通ったものでないと信用しない、という面が強いですね。もちろん、「ためになる絵本」もあっていいんだけど、「意味はないけれどもすごくおもしろい、ユーモアがあって子どもが本当に喜んで笑っちゃう」、そういう本も重要だと思うんです。小さな子どもの視点はすごい。僕はそういう人たちを相手に本を描いている。僭越な気がします。言ってみれば、先生に対して自分の絵を見せているような。だから、子どものすごいところ、エッセンスを、全部自分の中に集めちゃって、そこからまた、ぐわっと出して創作しよう、という気持ちがあります。

絵本作家になる前の長新太さんは、新聞や雑誌に連載をもつ漫画家でした。1948年に東京日日新聞の新人漫画家募集コンクールで入選してデビューして以来、「漫画読本」(文藝春秋)などに作品を発表していました。その長さんを絵本の道に招いたのは、のちに絵本作家として活躍するアートディレクターの堀内誠一さんでした。当時「こどものとも」の編集長だった松居直が堀内さんに絵本の絵の依頼に行ったとき、「自分よりも、この物語にピッタリの描き手がいますから」と紹介したのが、長新太さんだったのです。
こうして長さんの絵本第1作『がんばれ さるの さらんくん』(中川正文 作、「こどものとも」1958年3月号、現在品切れ)が生まれました。洗練された線と斬新な画面構成の絵本です。原画を見て松居は息をのみ、児童文学者の瀬田貞二さんは「日本にも国際級の絵本画家が生まれましたね!」と激賞したといいます。けれども長さんは、「はりきりすぎて、わが処女作の『がんばれ さるの さらんくん』は失敗。太田大八先生に、いつものようにちゃらんぽらんにやれば、もっとよい作品になったと批評されてしまった」と述懐しています。

それ以来、半世紀近く、まさに亡くなる間際まで、ユーモアあふれる絵本を作りつづけた長さん。これからもずっと、子どもたちを喜ばせ、笑わせつづけることでしょう。

長新太さんの作品はこちらからご覧ください。

2018.09.21

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