堀川真さん×加瀬健太郎さん『たぶん、なんとかなるでしょう。続』刊行記念トークイベント(後編)
創作の裏側
編集部 お二人の本では、子どもたちとの日常がリアルに描かれていますけど、どうやったらリアルな子育てのエピソードが、あんな風にうまく表現できるのでしょうか。日々のエピソードを描くため、メモに書き溜めたりされているのでしょうか。
堀川 最初は、子育て日記を書いていたんですよね。「今日は何を食べました」「うんちを何回しました」とか。日々の細かいことも書いておきたかったんでしょうね。今読み返すと、自分のことを「パパちゃん」、奥さんのことを「ママちゃん」って書いていて震えるんですけど……(笑)。
さらに二人目が生まれて、毎日てんやわんやのことが起こるんだけど、「観察する」っていう感じの目線で子どもを見てたもんだから、「なんでこんなことすんのかな」って面白かったんですよね。そのうち日記帳じゃなくて、100均で売っているリング付きの単語帳みたいなメモ帳になって。鉛筆と一緒に胸ポケットに差して、なにか面白いことがあったら書くようにしてました。
そのうち、奥さんに「お金取れるよ、これ」って言われたりもして、あるとき年賀状に子どもたちとのことを同じように書いてたら、「母の友」の編集さんからお話をいただいたんです。最初1年だけっていうことで連載が始まったんですが、そのまま10年続くなんてね。
加瀬 終盤は、もう子どもたちが大きくなられてますよね。
堀川 最初のうちは、何歳と何歳って年齢を書いてたんですよ。それで、子育てのとんちんかんなエピソードなんかを描いてたんだけど、だんだん子どもたちが大きくなり、なんとなく上の子は「小学5年生」とかって書きづらくなっちゃって。ある時点から長男、次男という書き方にしたんですよね。
あるとき、地元で本の集まりがあって、家族で行ったんです。上の子は、実際は「ブン」という名前じゃないんですけど、連載を読んでくださっている仲間が「わあ、ブンちゃんだ!」って喜んでくれて。そしたら、集まりが終わった後、長男がさめざめと泣いてるんです。「どうしたの」って聞いたら、「みんなの前で面白いことできなかった」って言ってね。これは、長く続けるもんじゃないなってやっぱり思いましたね。
モデルだから、もちろんそのままじゃないけど、自分のことを書かれて発表されるっていうことが、笑ってられるうちはいいけども、あまり外に出して欲しくないっていう年頃にもなるだろうし。だから、まだ笑ってられるうちに終えられてよかったっていうのもあります。
堀川 加瀬さんの本にも、自分の子どもの写真を撮っていたら、「それ発表するの?」みたいなこと言われたってエピソードがありましたよね。自分の子どもや家庭のことを書くことに、葛藤はあったりしますか。
加瀬 1番上が、もう中2になるんで、やっぱりもう東京新聞の連載には、顔はあんまり出てこないです。撮らせてくれない。前までは「農家の子どもが田植え手伝うんと一緒や」みたいに言ってたんですけど(笑)、それもあんまり言えなくなって。寿司とか物で釣ったりしてたんですけど、そろそろ限界かって。そうなるとやっぱり難しいですね。
自分の場合、1冊目の本は、ブログに書いていた文章なんです。夜に「ああ、今日おもろいことあったな」と思ったら、ピピピって書いてました。その日その日のリアルタイムやったんで、そんな忘れなかったんです。でも今は月に1回の連載で、すぐ忘れちゃうので、メモってます。あと、仕事が忙しくてあんまりエピソードがない月もあって、そのときは、妻に「なんかあったっけ」って聞いたりしてます。
堀川 うんうん、聞く聞く。そういえば、奥さんの写真は出てこないですよね。
加瀬 そうですね。Googleの検索に自分の名前入れたりすると、「加瀬健太郎 妻」って出ます。やっぱり気になるみたいですね。
堀川 実在を疑われてるとか…(笑)。ぼくも連載しているときに、町で「あの、すいません。堀川さんの漫画を読んでるんですけど、奥さんの写真お持ちだったら見せていただけないでしょうか」って言われたことがあったんですよね。
編集部 奥さまは、著作についてどのような反応をされているのでしょうか?
加瀬 堀川さんの奥さんが「(漫画に描かれてるのは)私じゃない」って言ってましたよね。うちの妻も「私じゃないから」って言ってます。「あれは、もう1人の私」って。
堀川 描いたのを、奥さんに見せないで編集部に送ったことがあったんです。そのあと、ゲラになったのを見て、「これはどうなのかな」って意見を言われたことがあったので、それからは、事前のラフの段階で見せるようになりました。なにかあったら直せますし、笑ってくれたら「しめしめ、これは面白いんだな」って。だから、奥さんは第一編集者であり、最初の読者ですね。
この10年の変化
編集部 『たぶん、なんとかなるでしょう。』は10年にわたって連載していただきました。加瀬さんも、ブログを書かれたときから数えると、10年近く家族のことを書かれています。この10年で、子育てのこととか、子どもの描き方とか、自分自身で変わってきたところはありますか?
加瀬 4人目なんで、新鮮味はなくなってきますよね。長男のときは、卒業文集のコメントを書くだけで、ぶわって泣いとったんすよ。こないだ3人目が幼稚園を卒業したんですけど、卒業式で、周りに泣いてるお父さんがいて、うわあ、泣いてはるって見てました。やっぱり慣れちゃいますね。
堀川 確かに、新鮮さはないかなあ。前作の頃って、子どもたちを不思議な生き物だなと思って見ていたところがあるかもしれない。好きなものを「大好きなんだ!」って6杯食って、ゲーって吐くみたいな(笑)。でも、さすがに大きくなってきたら、食べすぎたらお腹壊すってわかってきますよね。
だから、最初のころの「子どもって、こんなことするんだ!?」っていう意味での新鮮味はなくなってきて。そのかわり、とんちが効く言葉の使い方とか、(こいつ、面白いこと言うなあ)みたいな感じになって。連載後半は、子育て漫画というよりは、そういう会話を楽しむ感じになってたかなあ。
加瀬 でも、もう最後なんだと思うと、子育てさせてもらって、ありがたいなあと思います。最後というか、小っちゃい子は、「うんうん、おおっ、おおっ」とかってあやしたりできるじゃないですか。可愛くてしゃあない。それが少しずつ大きくなってきて、ああもうすぐ終わるんだなって。
堀川 わかるー。知り合いが、子どもが生まれたんですって、小っちゃい子を連れてきたりすると、親に「ちょっと抱かせてもらっていい?」って言っちゃうんですよね。抱かせてもらうと、「ああ、軽いな~。これに全部詰まってて、大きくなるんだよなあ」って。うちは長男も次男も、ぼくよりもうでっかいですから(笑)。
質問にこたえて
質問者1 堀川先生の家では、すごい面白いことが起こるじゃないですか。自分の家もけっこう面白い家だと思ってたんですけど、これ読んで、あ、全然面白くないなと。どうしてそんなに面白いことが起きるのですか?
堀川 いや、同じことが起こってるんだと思うんだよね。それを面白いって思うか、注意しなきゃって思うのか。たぶん、ぼくがいい加減なんだと思う。なんで黙って見ているのっていうことを、ニヤニヤしながら見てる“悪趣味なお父さん”がいるということかもしれない。決してうちが特別なんじゃなくて、どこのうちでも同じことが起こっている。たぶんほっといたら、うちみたいになるかもしれないし、何がいいか悪いかわからないけど、それがその家の文化みたいなものなんじゃないかな。
質問者2 父親としての悩みですが、夫婦間で育児に関しての方針が違った場合、お二人はどう対処してるのでしょうか? どっちかが折れるのか、とことん話し合うのか…。
加瀬 モットーがないです、僕の場合は。折れっぱなしです。全然ぶつからないですよ。
堀川 教育とかしつけとか、中身にもよりますが、奥さんが聞いてきたことに対して、こうなんじゃないかなって、モニャモニャっとしたしゃべり方で、軟着陸する。衝突するほどのことがないってことかもしれないけど。
うちの奥さんには、気づかされることがよくあるんだけど、「成功しなくてもいいから幸せになってほしい」って言うんですよね。この前話してたのは、「モテてほしい」。とっかえひっかえっていう意味じゃなくて、「大事な人に出会ったらいいね、それが男でも女でも」って。
「勉強しないよね」ってことはあるけど、じゃあイスに縛りつけて、これやらないとご飯食べさせないって話にもならないし。勉強って向き不向きかなって。向いている子は勉強するし、向いてない子はしない。うちの子はそんなに成績よくないけど、弟から「このポケモンって進化したら何になるの」って聞かれて、「それはなんとかかんとかで、何属性がどうしたこうした…」ってこたえてて、「頭が悪いわけじゃないんだよな」って。そう思うと、それはそれでいいのかなって思わなくはない。
例えば、がんばって大学に入ったはいいけど、ついて行くのは難しいとなると、どうだろう。(大学に入るという)扉まで連れて行くのは、親の仕事なのかもしれない。でも、それは成功したけど、幸せじゃないかもしれないですよね。うちの奥さんは「心配はあんまりしてない」って言うんですよね。心配っていうのは、将来こうなって欲しいって話で。だけど「腹が立つ」って言うわけ(笑)。「プリントあるの」って聞いたら「ない」「あるでしょ!」とか、弁当の空箱を出さないとか。そういう目先の解決しなくちゃいけないことについては、腹が立つことはあるって。
質問者3 お二人は、2人と4人のお子さんがいらっしゃいますが、1人増えると(家庭内の)社会というのはどう変わるんでしょうか?
加瀬 ちょっと前の話ですけど、本屋に1人置いて車に乗ってる。(車で)みんな、おるやろうって見たら、1人おらん!ってなるのが、4人目です(笑)。下(自宅の1階)でご飯食べてて、ああ、なんかちょうどいい感じだねって思ったら、上で(1人)寝てる!ってなるのが、3人目。
1人目のときは…がんばってましたね。甘い物を食べさせる時期が遅らせられるのは、1人目です。2人目は物心つく前に、拾って食べて、なんか口に入ります。2人目は…だいたいちょっと変わってる。やっぱり4人、それぞれ違うんですよね。
4人いたら大変ですかって、よく聞かれるんですけど、気づいたのは、小っちゃい子が大変なんですね。とりあえず、上の子たちはなんとかやってるけど、小っちゃい下の子がやっぱり「うあああ」ってなる。人数というより年齢ですね、大変さは。
堀川 うちの場合ですが、奥さんが、1人だったら自分はパンクしてたかもって言うんですよね。たぶん、1人だったら手をかけやすすぎるっていうのかな。何もかも期待をしてしまうと言うと、ちょっと違うかもしれないですけど、そういう思いを持ってしまったかもしれない。
2人いてよかったなということだと、兄ちゃんとしての自己肯定感っていうんですかね。そういうのを得たのかも。自分も5人きょうだいの長男ですけど、きょうだいってこんなに遊んだっけなというくらい、弟が「兄ちゃん兄ちゃん」ってベタベタして、2人は遊ぶ。社会になったっていう感じはありますね。
編集部 ありがとうございます。気づけばお時間になりました。今日はお二人の子育ての話から、いろんな育児のヒントみたいなものが見えてきたんじゃないかなと思っております。
堀川・加瀬 いや、あんまり見えなかったんじゃないかな(笑)。
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