【エッセイ】読み聞かせはお父さんのしごと
読み聞かせはお父さんのしごと
佐藤 隆
北欧の国フィンランドについて日本での認知度は20年ぐらい前までは「森と湖の国」「オーロラ」「白夜」「ムーミン」……という程度ではなかったかと思います。ところが、2003年にOECD(経済協力開発機構)が行った15歳時点での学習到達度を測定するPISA(Programme for International Student Assessment)でフィンランドの子どもたちの好成績が示されると、その教育への注目度は急速に高まりました。それにともなって、医療や福祉が充実した国としてのフィンランドそのものへの関心も広がっていきました。
こうしたフィンランドブームの「火付け役」となった子どもたちの高学力の秘密ですが、その「しくみ」は、いたってシンプルです。一言でいえば、教育を「勝ち負け」の対象としてではなく、自分の学びや生き方を自分でプロデュースするためのものと多くの人が考えていることです。実際、中学校を卒業すると、およそ半数の生徒は自分が就きたい仕事を学ぶための職業高校に進学します。同時に、順番をつけるようなテストをしてはいけないことになっていますから、子どもたちはテストのための勉強ではなく、自分の興味や関心をじっくりと探し、考えを深めていくことができるのです。
そのときに大きな役割を果たすのが読書です。太陽が沈まない夏、おとなも子どもも、朝から晩まで豊かな自然を求めて屋外で過ごします。けれど、日照時間がとても短くなる冬の夜には、家の中で本を読み、物語の世界に浸ります。昔からフィンランドの人々はこうやって生きてきたのです。その習慣はいまでも残っていて、図書館の利用者数は世界のなかで最も多いという調査結果さえあります。子どもが初めて手にする自分専用のカードは図書カードだと言われるほどですし、各家庭には図書館が発行する「読み聞かせガイドブック」が配付されます。誕生日やお祝いに本をプレゼントしあうということもよくあることです。
学校でも、教師は子どもを本好きにすることを心がけています。先生が読む物語を通して、子どもたちは「なぜ、どうしてそうなるの?」という疑問をたくさん持つことができるようになります。授業でも「なぜ?(フィンランド語ではMiksi?)」が飛び交います。こうして、その根拠や理由を考えあう学びを通して思考力や想像力を高めてきた、その結果がPISAでの好成績にもあらわれているのかもしれません。
ところで、フィンランドでは子どもを本好きにする仕事を最初に担うのはお父さんです。子どもを寝かしつけるときに、お父さんが読み聞かせをするのが一般的です。物語を読んで子どもの「Miksi」にユーモアを交えて答えるのは親子のコミュニケーションを豊かにするために大事なことだとされているからです。もっとも、家族のために長時間労働をせざるをえない日本のお父さんたちと違って、夕食前に帰って家族団らんの時間をゆったりと過ごせるフィンランドのお父さんたちだからできることなのですが。
佐藤隆(さとう・たかし)
都留文科大学教授
2022.12.15