作者のことば

作者のことば ねじめ正一さん『ゆかしのたのワニ』

「ぼくんちの ゆかしたには ワニがいて」と唐突に始まる物語。ぼくの家の下にはワニがいて、毎晩歯みがきをしてあげます。なぜ床下にワニがいるのか、どうしてワニの歯磨きをするのか、説明は一切ありません。そしてそのまま、日常の裏側にある不思議な世界へと一気に連れていってくれる『ゆかしのたのワニ』。
2018年に月刊絵本として刊行され人気だった作品です。待望のハードカバー化を記念して、月刊絵本刊行時の折り込みふろくに掲載された「作者のことば」をお届けします。

寄り添う勇気

ねじめ正一

 家のゆかしたには川が流れていて、エジプトのナイル川までつながっている。そしてゆかしたから船に乗って出かけていって、釣りをしたり、船から川に飛び込んで、ワニやカバと遊んだりできたらいいなあというのが、この話のきっかけでした。
 ところが、いろいろ空想しているうちにナイル川がなくなり、ワニだけがゆかしたに残りました。しかも、一緒に遊べる楽しいワニではなく、恐いワニで、その恐いワニの歯を毎日、ていねいにみがきあげる少年の話になりました。ワニにとって歯は命の次に大事なものです。少年にとっては、ワニの歯みがきは命がけです。
 命がけであればこそ、ワニの歯磨きをどんな風にすればいいのだろうかと真剣に考えて、こんな風にやればいい、あんな風にやればいいと、いろいろなアイディアがうかんできて、そのアイディアさがしがとても楽しかったです。
 少年とワニは友達です。でも、安心しきった友達ではありません。本来ワニはどう猛な動物で、人間なんかひと飲みでたべてしまいます。だからいつ少年を襲うかもしれません。油断するとワニに噛まれて、飲みこまれてしまうという、友達としてはかなり緊張感のある友達です。
 そんなワニの性格をわかりながら、ワニの大切な歯を磨いてあげるのも友達だからこそです。命がけで大切な歯を守ってくれる、この少年のような友達がいたら、どんなに素晴らしいことでしょうか。私にはそんな友達はいませんが、この少年のように相手に寄り添う勇気を持てば、誰かの大切なものを守ってあげることはできるかもしれないと心底思っています。

(「こどものとも年中向き」2018年11月号 折り込み付録より)

ねじめ正一


1948年、東京都生まれ。詩集『ふ』(櫓人出版会)でH氏賞、小説『高円寺純情商店街』(新潮社)で直木賞、『荒地の恋』で中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『長嶋少年』『ナックルな三人』(以上、文藝春秋)など、子ども向けの作品に『そらとぶこくばん』『ずんずんばたばたおるすばん』(ともに福音館書店)『かあさんになったあーちゃん』『あいうえおにぎり』(ともに偕成社)など多数。東京都在住。

2022.05.11

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