「英語でたのしむ福音館の絵本」刊行記念|ロバート キャンベルさんインタビュー【全2回】
■後編■ 絵本を通して英語に出会い、日本語のおもしろさにも気づく
「英語で楽しむ福音館の絵本」刊行記念・ロバート キャンベルさんへのインタビュー後編です。
おかあさんはどんな気持ちで子どもを運んでいるのだろう?/『Animal Moms』
——言葉を、ひとつ選ぶ。その難しさは『Animal Moms』の場合、どのような部分にあったでしょうか?
『どうぶつのおかあさん』(『Animal Moms』)の文章を見ると、「この動物のおかあさんはこうやって赤ちゃんを運ぶ」という実態が淡々と述べられています。情動的、情緒的なことはまったく書かれていません。動物の母親が子どもを運ぶ理由は危険から逃れるためだったり、食事をしにいくためだったり色々ですが、そういう背景も絵本の中に描かれているわけではありません。
しかし、英語にするためには、おかあさんはどんな気持ちで子どもを運んでいるのだろうと想像する必要がありました。それによって選ぶ語彙や表現が変わってくるからです。この絵本では、学術的な用語を使うと印象が変わってしまうと思ったので、そうした用語は使わないようにしつつ、おかあさんを「mom」、子どもを「kid」として、親と子のかかわりとして受けとめられるようにしました。
英語の文章を文法的に見ると、まず主語の「mom」があって、述語があって、対象となる「kid」が続き、さらに「in」「along」「under」などの状況を説明する言葉が連なります。このパターンを繰り返すことでリズムが生まれています。日本語にも英語にも調子というものがあるので、ひとつひとつの語彙や表現だけでなく、そういう部分にも気を配る必要があるんです。
私は翻訳に限らず、日本語でも英語でも自分で文章を書くときには、必ず読み上げます。どういうふうに聞こえるか、言葉がきちんと意味を運んでいるか、確認しながら書き進めたいからです。簡潔に畳みかけていく『Animal Moms』の文章は、私が手がけた文章の中で最もすっきりしたものになっているのではないかと思います。なかなかこういう文章が書けなくて、「;」(セミコロン)が必要になるような、キレの悪い文章を書くことが多いんですけれども……。
きんぎょには逃げなければならない理由がある/『The Goldfish Got Away』
——『きんぎょが にげた』についても聞かせてください。この絵本では、「にげる」という言葉をどう表現するか悩まれたとか。
『きんぎょが にげた』(『The Goldfish Got Away』)は、最初に読んだとき、きんぎょを飼っている人の気持ちになりました。あっ、きんぎょが逃げちゃった! 何とか連れ戻さないと……という気持ちです。我が家にはネコがいるんですけれども、もしネコが近所のどこかに逃げたら私は一生懸命探します。ですから、絵本の中できんぎょが逃げたとき、自然と人間側の目線になっていたのですね。
でも、だんだん「不思議だな……」と感じるようになりました。水の中から飛び出したら、きんぎょは長く生きられません。そうまでして、どうして逃げなくてはならないのか。きっと、きんぎょにはきんぎょなりの逃げなければならない理由があるんです。
きんぎょは逃げた先で、植木鉢やカーテンや飴玉の瓶の中に身を潜めるようにじっとしています。その姿を見ていると、「きんぎょがいなくなった、どうしよう」という人間側の気持ちから、しだいに、逃げていくきんぎょの方の気持ちに移り変わっていく。中盤に差しかかり、きんぎょがイチゴに紛れているあたりになると、「がんばれ、きんぎょ!」という気持ちになる。五味太郎さんの不思議な力だなと思います。「にげる」という日本語の色合いが、いつのまにか変わっている。英語にするとき、この微妙な変化をどのように表現できるだろうと思いました。
「にげる」で和英辞典を引くと、最初に「escape」が出てくると思いますが、「escape」は「行動が制限されている場所や、いなければならない場所から逃走する」というニュアンスなんですね。意味合いとしてちょっと重いし、「escape」だと監禁していたみたいで、飼っていた人がちょっと気の毒になってしまう。そのため、訳文には少し印象の軽い「get away(got away)」を用いました。
最後の見開きの場面の「もう にげないよ」という文章だけは「slip away」としています。ウナギやヘビをつかもうとして、するりと指の間から抜けていく感覚の言葉です。なぜそうしたかといいますと、「escape」や「get away」という言葉に含まれる「拘束」という意識から、きんぎょを解放してあげたかったんです。きんぎょがついに安息の地を見つけたということを、最後に感じられるようにしました。
楽しみながら英語に触れられる入り口のひとつとして
——最後に、読者の方々へメッセージをお願いします。
「外国語活動」が必修になり、小学校から子どもたちが英語に触れるという取り組みが始まっています。楽しみながら英語に触れられる入り口のひとつとして、この英語版の絵本を手に取っていただけたら嬉しいです。
絵本は声に出して読むことをスタンダードとして作られているので、学校だけでなく、友達といっしょに、親子でいっしょに、時には自分ひとりで、声に出して読んでみてください。絵本ですから、絵が理解を助けてくれるし、ストーリーがあるので、いろいろ感じとりながら英語に触れらます。
子どもの手が届く場所に置いておいておくだけでも十分意味があると思います。文字というのは不思議なもので、読めなくても手に取って見てみようとするんですね。ふつうの生活空間の中に英語がある。そういうふうにしていくことにも、意味があると考えています。
今回英語版として刊行された5つの作品は、どれも長く読み継がれてきた絵本です。なじみのあるストーリーを英語で読むことによって、英語が生き生きと自分の中に入ってくる。
また、英語で読む経験を通して、あらためて日本語の特質や面白さも見えてきます。絵本を通して英語に出会うとともに、日本語ってこういうものだったんだと気づくんですね。今回の英語版の絵本をきっかけに、そんな循環も生まれてくるんじゃないかなって期待しています。
訳者 ロバート キャンベル
米国出身。日本文学の研究者であり、近世から明治期の文学を専門とする。東京大学名誉教授。国文学研究資料館館長。主な著作・編著に『東京百年物語』(岩波書店)、『井上陽水英訳詞集』(講談社)、『ロバート キャンベルの小説家真髄 現代作家6人との対話』(NHK出版)などがある。絵本の英訳は今回が初めて。
2021.01.19