ためしよみ『こどものみかた春夏秋冬』|泣いて踏み出す一歩
40年以上にわたって保育にたずさわり、子どもたちを見つめてきた柴田愛子さん。柴田さんが綴る、「子どもの味方」になるための「子どもの見方」のヒントが一杯つまったエッセイ『こどものみかた 春夏秋冬』から、ふたつのエピソードを試し読みしていただけます。
泣いて踏み出す一歩
『こどものみかた春夏秋冬』より
新しい子どもたちとの出会いは、やっぱり楽しみです。泣いたり、すがったり、あばれたりする幼い必死な姿にはなんとも感動してしまいます。
もっとも、年を重ねて保育経験が豊かになればなるほど、無条件に子どものあどけなさを愛おしいと思うようになった気もします。新卒で初担任したときは、子どものように必死で、一緒に泣きたいくらいでした。一日が終わると深呼吸をし、一週間が終わるとぐったり疲れて昼まで布団の中。その繰り返しをしていくうちに、だんだん子どもに馴染んでいき、自分を少しずつ取り戻していきました。保育者としての生活リズムができたのは五月半ば頃だったでしょうか。
新入園といっても四歳児から入ってきた子どもたちは、泣いたり、すがったりという姿の子はあまり見られません。二、三歳児のようにお母さんが帰ってしまうことが、二度と会えないことではないとわかっているのでしょう。
四歳のゆうちゃんもちょっとこわばった顔をしながらも、お母さんとスムーズに別れました。保育者に頼ることも知っていて、ちゃんと手をつないできます。だんだん、気持ちもほぐれて保育室の中であそぶことにしたようです。年少から上がってきた子どもたちのあそびを眺めます。やはり新しく入ってきたたくちゃんが気になるようです。いい感じに近づき始めました。一緒にブロックをしています!
気持ちが少し軽くなったのでしょう、外に出ようと玄関に行ったのですが、大変! はいてきた長靴がありません! もう、パニックです。とうとう、大きな口を開けワーンと泣きました。どうやら、長靴は他の子が間違えてはいていたようです。保育者があわててゆうちゃんに手渡しました。でも、ゆうちゃんは長靴を胸に抱えて泣き続けます。身体の隅々までたまっていた「がまん」を吐き出すように声を上げて泣き続けました。
こんなふうに自分を何とかごまかしながらがまんをしている子は、ふとしたきっかけで、堰が切れます。でも、これが大事です。ほとんどの場合、思いっきり泣いたあとには気持ちが落ち着きます。「泣く」というのは人間が持って生まれたすばらしい表現方法です。感情を吐き出したり、気持ちを落ち着けたり、人の気持ちを引き寄せたり……。それを上手に使えるのが子どもです。
そして、ゆうちゃんのように、泣くことが始めの一歩にもなるのです。
写真・繁延あづさ
柴田愛子(しばた・あいこ)
1948年東京都生まれ。82年から神奈川で〝ちいさな幼稚園〟「りんごの木」を始める。『親と子のいい関係』(りんごの木刊)『あなたが自分らしく生きれば、子どもは幸せに育ちます:子育てに悩んでいるあなたへ』(小学館刊)など子育て・保育に関する著書多数。絵本『けんかのきもち』(伊藤秀男絵、ポプラ社刊)で日本絵本大賞受賞。
2019.03.15